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『アスク・ミー・ホワイ』主人公は著者・古市憲寿自身なのか? 芥川賞とはどんな存在か?

YouTube「乙武洋匡の情熱教室」より。乙武洋匡さんと古市憲寿さんが『アスク・ミー・ホワイ』についてお話しされている部分をダイジェスト版にてお届けします。古市憲寿さんは小説の主人公にどのくらい自分を投影しているか? また、二度ノミネートされた芥川賞についてはどう考えているか。旧知の仲だからこその踏み込んだ本音トーク。全容はYouTubeにてお楽しみください。

乙武 『アスク・ミー・ホワイ』めちゃくちゃ面白いね。めちゃくちゃ面白かった。

古市 面白かったですか? ああいう世界って、乙武さんから一番遠くないですか? ある種、男同士の友情でもあり愛情でもあり、みたいなものを書いた作品ですけど。

乙武 そう? 遠いかな? まあ、そうかもな。

古市 それを面白いと言ってもらえるのは嬉しいです。

乙武 主人公にどれくらい自分を投影させるかって、書き手は結構悩むところだと思うんだよね。例えば僕が書いた『だいじょうぶ3組』という小説で、車椅子に乗ってた主人公はほぼ僕って思ってもらっていいのね。で、次の『車輪の上』という車椅子ホストが主人公の作品は、ちょっと勝気なところとかは僕だけど、卑屈なところは完全には僕ではない。半々くらい。去年noteで連載していた『ヒゲとナプキン』にはモデルがいて、トランスジェンダーの人の話なので、僕の要素はほぼない。
っていう風に、作品によって自分の投影度が異なるんだけど、今回の『アスク・ミー・ホワイ』でいうと、主人公のヤマトくんは古市くん自身がどれくらい投影されているの?

古市 どんくらいだろう? 僕はヤマトよりもっと自信家と言ったら違うけど、楽天的なので、もちろん滲んでしまう部分はあるとは思うけど、意識的に投影させたつもりはあまりなくて。
一つ前に『奈落』という小説を書いて、歌姫がステージから落ちちゃって全身不随になるという話なんですが、その時の方が自分自身、というか、自分が思っていることをたくさん入れ込んだという感じです。主人公が、全身が動かない、いわゆる寝たきり状態にある人だったので、逆に世の中に対して噛み付きやすいというか、自由に物を言うことができた。例えば差別発言と言われてしまうようなこととかコンプラインアンス上どうなのっていうことも、主人公が弱者だからこそ、自由に考えられるというか、書けるというか。
そういう意味で自分の考えを自由に載っけられたと思うんですね。
今回の『アスク・ミー・ホワイ』は、もちろん僕自身の感情や気持ちが滲んでいるんだろうけど、主人公のヤマトは、僕よりもっとピュアで素直な人を書いたイメージですね。

乙武 どっちが書きやすい? 自分を投影させてないとしたら、ヤマトくんの感情の描き方がよくできてるなって感心して読みました。

古市 何回か書き直しているからかな。感情を入れ込むのってあんまり得意じゃないので、何回か読み直して、ここにピークを持ってこようかなとか、いいかどうかわからないけど、戦略的に書いてるんじゃないですかね。

乙武 正直、完全に気持ちを持っていかれたというか。みなさんよくご存知の通り僕は女性が大好きなんですけれども、古市くんのこの作品を読んだら、いつか男性にドキドキする日がやってくるのかなとさえ思うくらい自然な感じで物語が進んでいった。

古市 ボーダーラインを描きたかったんですよ。主人公の男の子がアムステルダムで冴えない暮らしをしてて、日本料理屋でバイトをやってるんですけど、そこで、日本で活躍してたけど引退しちゃった男の俳優に会う。
初めは憧れというか好奇心というか、芸能界って場所にいた輝かしい誰かに対する憧れとか、そういう世界を覗いてみたいという思いだったんだけど、それが友情に変わって、この人のこと好きって友達として思う。頼られたいなと思ったり、頼りたいと、友達として思う。
その友情という感情がもう一歩進んで愛情になる。体に触れたい、セックスしたいっていう。友情と愛情って全然違うもののように思われるし、特に男女じゃなくて、男性同士とか女性同士に関しては、そこに絶対に壁があるって思われがちだけど、本当にそうなのかなって。そこはグレーゾーンというか、グラデーションなんじゃないかなって。
そのグラデーションを書きたいっていうのが書き始めたきっかけですね。

乙武 ここ数年、古市くんも僕もテレビに出させてもらったりしてるけど、じゃあ自分が芸能人かっていうと、「はい、そうです」というのもね。

古市 芸能人って言われちゃうと、それはちょっと難しいですね。

乙武 そうだよね。テレビを見ている一般の人からしたら芸能人寄りかもしれないけど、僕ら自身が「芸能人です」ってわけじゃない。だけど、一般人だったはずの僕らが「ザ・芸能人」とサシでメシを食いにいったりするという、恋愛感情としてのドキドキとは別にして、こんなに仲良くなってメシを食ってる高揚感みたいなものって実生活にあるのかなって思って。そういう気持ちが今回の小説に反映されているとかは?

古市 どうだろう。でも、芸能人も元々は芸能人ではないわけだし。生まれながらに芸能人っていうのは、二世三世はわかんないけど。
だからあんまりそういうのは意識しないかな。ただその世界のことにみんな興味があるんじゃないかなとは思っていて。
アスク・ミー・ホワイ』はちょうどコロナの最中に書き上げたので、みんながちょっと暗くて重い時代だから楽しい話にしたいと思って。もちろん実際の芸能のエンターテインメントの世界ってドロドロしてて嫌なところもあるんだろうけど、その世界の華やかな部分とか素敵な部分を見せたかったというのはありますね。

乙武 今の話を聞いて思い出したのが、数年前かな。古市くんとご飯を食べてて、なんで古市くんテレビに出続けてるのって聞いたら、その時古市くんが言ってたのが、「普通に僕は大学で勉強してきて学者としてやっていくのかなって思ってたけど、ひょんなことからこうしてテレビの世界に出させてもらうようになって、おそらくアカデミックな世界に生きていたら覗けないような世界を覗かせてもらえる立場にいて、ずっとここにしがみつきたいという思いもないけど、お前もう要らないって言われるまではこの世界でいろんなものを見られるのは、僕は好奇心が旺盛な人間だから楽しんですよ」って言ってた。それが今回存分に活かされた作品なのかなって思ったんだよね。

古市 それはそうですね。いろんな場所に行って、いろんな人と会って、いろんな顔を見たいというのがあって。普通に生きる人生は尊いだろうし、逆に普通じゃない人生を生きる人は普通の人ができることができなかったりとか。
それこそ小説の中にも書きましたけど、街を歩いてていいなと思ったカフェに、騒がれちゃうから入れなかったりとか。普通にできたはずの幸せを手にできないとか。
どっちがいいとかは難しいと思いますけど。どっちも経験したいというのはあります。せっかくいろんな場所に行けるなら行きたいし。
今回、舞台をアムステルダムにしたのも、アムステルダムは何回か行ってるんですけど、すごく自由な街だと思って。アムステルダム=ドラッグって語られがちだけど、それよりも、それこそ日本人がふらっと行ってもフリーランス・ビザで就労しやすかったりとか、いろんな国の人がいろんな仕事をしていて、そこにひゅっと入っていけるような自由さがあったりとか。世界ってまだまだこんな場所がありますってことに驚くし、それを伝えたくて文章を書いてるというのはあるかもしれないですね。

乙武 もう一つ今日訊きたいと思っていたのは、今でもそう思っているのかは別として、芥川賞にノミネートされた時に、古市くんって性格的に「そんなもん別に要らないですよ」って言うかと思ってたの。それが意外に欲しそうだったじゃない(笑)。あれって、どういう気持ちだったの? 
普段知ってる古市くんの価値観だと、「くれるっていうならもらいます」くらいのように思えるけど、割と積極的に欲しそうだったよね。その感情はどこから来てるのかなって?

古市 人生って、目標じゃないけど、区切りみたいなものがあった方が生きやすくないですか。僕の好きな大学の先生が言ってた言葉なんですけど、その人が卒業生に対して毎回「締め切りのある人生を生きてください」って言うそうなんですね。
締め切りがないと、物も書けないし、仕事も終わらせることができない。
締め切りってものがあるから、人は作品を書ける。締め切りの効果って大きいって思うんですね。
芥川賞は年2回あるので、ちょうど小説を書き始める時のいいペースメーカーっていうか。ちょうど半年後って考えたら、締め切りはいつって逆算ができた。それはいい配分になるんじゃないかなって思いましたね。

乙武 うがった見方かもしれないけど、俺も散々違う文脈で言われてきてるから、古市くんもテレビに出始めた頃って、「あいつ社会学者って名乗ってるけど研究やってるわけでも論文書いてるわけでもないのに、いつまで社会学者って名乗ってるんだよ」って、アカデミックの世界からの意味のない批判を浴びてきたじゃない? そういう人たちに対する見返すじゃないけど、俺こっちの世界で華々しくやってるからねって気持ち。認めるのかっこよくないかもしれないけど、正直なところ少しあるのかなって思って。

古市 大学にいる研究者に対して思うことはたくさんあるんですけど、ただどっちにしても僕の方がとっくに幸せになってしまっているので、そんな見返すとかは思ってないかな。
ほんと申し訳ない話ですけど、同世代とか上の世代を見ていても、今大学にいる研究者ってほんと大変で、教育もあるし、アドミニ(事務)もあるし、そういうのに時間を使った最後に自分の研究がある。大学にいる人ほど、自分の研究ができないんじゃないかって話があるくらいで。
だから大学にいる人たちに対してムカついたり怒ったりすることはなくて、かわいそうだなって思うことはあっても、頑張ってくださいねっていうことくらいですかね。

乙武 僕の方が幸せになっちゃってって言ってたけど、古市くんが思う幸せって今のところの定義だとどういうことですか?

古市 何だろう。信頼できる友達、仲間と言ってもいいけど、仲間がいて、何かしようと思った時に、自分のお金だったりとか、もしくはビジネスを始めようと思った時にお金が集められる、だから自分で自分の自由を行使できることは幸せだと思いますね。僕がこれから何かしようとしたら助けてくれる人がいると思うし、お金を出してくれる人もいると思う。実際、今、すぐ何かやりたいということじゃなくて、そういう環境にいるってことは幸せだと思いますね。

乙武 その幸せの定義は僕自身も共感できる。そのことと教育は結びつくところが大きいと思うので、後半は教育について語っていければと思います。

続きは、YouTube「乙武洋匡の情熱教室」にて。

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