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50代から考える仕事、家族、この後の人生についてーー稲垣えみ子×浜田敬子

家事か地獄か』刊行記念「人生100年時代の出口戦略について本気で話してみないか」(本屋B&Bにて2023年6月21日開催)稲垣えみ子さんと浜田敬子さんのトークイベントは大いに盛り上がりました。二人は同世代、ともに激しい競争社会で記者・編集者として活躍してきましたが、50歳で退社。その後の人生プランは大きく異なります。老後はいつから始まる? リスキリングは必要? ものは手放していく方がいい? 家事はした方がいい? 家事にまつわる罪悪感やアレルギーとどう向き合う? 人生後半戦を生きるヒント満載、働く女性の本音が随所に光る対談をお届けします。 

チークダンスにお酌係ーーセクハラという言葉がなかった時代

稲垣 私が朝日新聞に就職したのはバブルの頃。ちょうど男女雇用機会均等法元年でした。
浜田 私は均等法3年目の入社です。
稲垣 浜田さんは東京管内採用で。
浜田 前橋と仙台支局を経て東京でした。稲垣さんは大阪管内でしたね。
稲垣 高松と京都を経て大阪です。一番長くいたのは大阪社会部で、もう軍隊のように厳しい組織。今にして思えばパワーハラスメントが当たり前の毎日でした。
浜田 そうそう。毎日パワーハラスメントと長時間労働でしたね。
稲垣 今も忘れられないのが、入社後に支局の先輩が歓迎会を開いてくれたんですが、二次会のスナックでは当たり前のように全員とチークダンスを踊りましたよ。
浜田 強烈!
稲垣 当然嫌でしたけど、断っていいのかどうかもわからなかった。
浜田 わからなかったですね。
稲垣 だから、数年後にセクシャルハラスメントという言葉を聞いた時にはすごく感動して。あれはそういうことだったんだと。言葉がないところには概念もないんですよね。。
浜田 私も夜呼び出されてスナックでチークダンスやった。取材先への、割と人身御供的な差し出され方って、あの頃ありましたよね。
稲垣 宴席に出ると必ず偉い人の隣に座らされて、お酌係をするのが当たり前で、社会に出るとはこういうことかと思った。
浜田 よく二人とも50歳まで会社にいたものです。
稲垣 たぶん、浜田さんにも言うに言えないご苦労があったことと思います。私も色々ありました。もちろんいいことも悪いことも含めて会社には鍛えてもらったわけですが。結局、私は50で会社を辞め、浜田さんは二個下だから……。
浜田 私も辞めたのが50。早期退職制度が50歳までだったので、それが大きかったです。

会社を辞めて上っていく? 下っていく?

稲垣 辞めた時はなんの仕事も当てもなく、でも有難いことに一つの仕事が次の仕事につながる感じで色々お仕事をさせていただいていますが、せっかく自由になったんだから肩書きを持ったり組織に属するのはやめようと思って、単発の仕事で食いつないでいます。浜田さんはそんな私とはちょっと違って、朝日新聞という枠が窮屈になってお辞めになったんじゃないかと。辞めてすぐにネットメディアで編集長をされて、そこから着々と活躍の場を広げていらっしゃる。さっきもお聞きしたらすごいスケジュールで。
浜田 仕事を入れすぎて反省してます。
稲垣 レギュラーのテレビ番組もあるなか、海外出張もあって、帰国後10日連続講演とか、まだまだ上り坂にいらっしゃいますね。
浜田 いやいや、上りたいと思って会社を辞めたわけではないです。今も上っているわけでもないですし。新聞社を辞めていわゆるベンチャーに転職したのでもちろん年収は下がりましたし、メディアをゼロから作るのでステータスもなかった。ただやっぱり長く働きたいと思った時に、自分にできること、好きなことは何かと考えたらニュースでした。アエラの編集長当時からニュースの主戦場はすでにネットだったので、長く働くにはデジタルを学ばないと、と思っており。そんな時、新しいメディアを立ち上げませんかと話をいただいて面白そうと思った。「上りたい」ではなくて、「面白そう」ですね。記憶力は衰えて来ているけどまだ今なら新しいことも学べる、幸い体はまだ動く、そんな状態でした。ゼロから学ぶってすごく大変じゃないですか。
稲垣 うんうん。
浜田 50歳でもしんどかったけど、なんとか頑張って50代前半はやれた感じです。
稲垣 私の場合は、会社を辞めた大きな動機の一つが、人生の下り方を真剣に考えてみたいということだったんです。母が認知症になって、今の社会で老いていくことってすごく大変だと気づいたのが大きかった。私はそれまでずっと、収入とかステイタスとか上っていくことばかり考えてきたけれど、そういう価値観のままで人生後半戦を迎えたら、老いて衰えていくことが全部「まけ」になっちゃうと気づいたんです。ただ漫然と年を重ねていくのは危険だと思いました。下りていくための価値観をしっかり設計しなきゃいけないと……。

老後の始まりはいつ? リスキリングは救いか地獄か

稲垣 浜田さんの老後はどうですか。
浜田 そもそも稲垣さんにとって老後っていつからなんですか?
稲垣 すでに、今です。すでに老後が始まっているという自覚があります。
浜田 それは何をもっての老後?
稲垣 人生を山登りに例えるなら、下り坂は老後だと思っているんです。私も58歳。人生100年だとしても折り返しはとっくに過ぎた。だからしっかり下っていこうという意志がある。上ってる場合じゃないし、横ばいでもないと思ってます。
浜田 私は、働くのを辞めた時が老後かな、と。話題になった『ライフシフト 100年時代の人生戦略』という本が人生を学ぶ時期、働く時期、老後と分けて、働いてるうちは老後じゃないと定義していますよね。著者のリンダ・グラットンさんが来日された際、モデレーターをやったんです。楽屋で「60で会社を辞めたら旅行に行ったり、好きな本を読んだり、老後が楽しみです」と言ったら、リンダさんが「何を言ってるのケイコさん。あなた94歳まで生きるわよ」って。当時リンダさんは62歳でベストセラーを書いて再婚もしたばかり。大学の彼女の同僚たちも60で退官後、クルージンやガーデニングをやったけど結局3ヶ月で飽きたって。「仕事をしない人生はつまらない」と言われたことに影響されて、長く働く方法を考えようと思ったのが転職の一つのきっかけです。だから働いているうちは老後ではないんじゃないかしら。
稲垣 私も『ライフシフト』読みましたよ。で、読んで、私は無理と思ったんです。どんどん変わっていく時代に合わせてリスキリングをして自分をアップデートしていくって、そんなの無理だし、そもそもやりたくない。
浜田 私はまんまとそれにのせられたの。リスキリングの転職です。
稲垣 そこが大きな差ですね。近所のお年寄りを見ていると、コンビニがセルフレジになった瞬間に行きたくないってなるんですよ。若い人が当たり前にできることができなくなるのが年をとるということ。新しいことを学べなくなる。だからリンダさんが言ってることは理論としてはわかるけど、現実問題としてはリスキリングは私には地獄に見える。
結局、働くって何かという話だと思うんです。働くイコール会社で働くこと、イコールお金を稼ぐこと、というわけではないですよね。肝心なのはお金を稼ぐことじゃなくて生き延びることじゃないですか。生き延びるためにお金は一つの手段だけど、お金以外の手段もあったほうがいい。稼ぎ続けなきゃどうにもならないっていうのは苦しいし、稼げるお金は当然減ってくるので、お金以外の生き延びる手段を身につけた方がいい。で、今の私が発見した「お金以外の手段」の一つが、家事なんだと思っているんです。最低限の家事ができれば、衣食住を自分の力で整えることができる。それだけで幸せの基本ができる。で、家事を楽にするには家は小さい方がいいし、ものはない方がいい。となれば、むしろお金を持ってないほうが幸せへの近道じゃないかと。これは私には希望に溢れた大発見でした。

手放さないものたちが襲いかかってくる

浜田 二人で話すのは今回4回目で、私たち年は近いけど、割と真逆に来てます。本来はそうじゃなくて、稲垣さんも会社員時代は、ブランドもので身を固めてるスタイリッシュな、見るからにお金がかかってそうな人でした。
稲垣 そうそう。お金をかけすぎてました。
浜田 会社を辞めた稲垣さんはものを手放して、シンプルに生きている。私も今の稲垣さんの生活に憧れてます。でも、できないんですよね。ものを手放すって、そんなに簡単にできない。特別執着が強いとか欲が深いというわけではなく、上昇志向があるわけでもなく、それでも目の前に面白そうな仕事があればやるし、ものを買うし。手放す時期がまだ来てない。
稲垣 その時期はいつ来るの?
浜田 人それぞれかな。タイミングが来てなかったり、事情があってできなかったり。
稲垣 自分がお金にまみれた人だったので、わからないわけじゃないです。ただ、捨てられない状態をずるずると続けていると、ふと気づけば、溜め込んだものが自分に襲いかかってくる時期が来るっていうことを、私は母を見て知りました。母は80ちょっと前に認知症になって、ものの整理ができなくなった。靴下が全部一足しか見つからないとか、食器がたくさんあって片付けられないとか。できなくなるとそのこと自体に傷ついて落ち込んで、ずっと謝ってばかりで。でもそれは母だけのことじゃなくて、人は誰だっていつまでも健康で元気でいられるわけじゃないですよね。だから自分の衰えと並行して、ものも執着も減らしていかなきゃいけないと思ったんです。
浜田 それは会社を辞めてなかったら難しかったと思います?
稲垣 難しかったと思います。会社にいるとどうしても給料に依存するので、手放すどころか、もらえるものは少しでもたくさんもらいたいと考えてしまう。考え方が狭かったですね。
浜田 コロナ初期って家を出られなかったじゃないですか。会社行かないでリモートしてる時に服要らないと思ったんですよ。毎日同じ服を着てて全く気にならなかった。強制的にシャットダウンされたなかで、これだけあれば生きていけるな、みたいなのは感じましたね。
稲垣 なるほど。そうすると、あの時はある種のイナガキ状態だったわけですね。
浜田 そうそう。でも戻っちゃうんですよ。世の中がワイワイって戻ってくると、飲み会にも誘われるし、服も買おうかなってなる。結局服を買うのは他人の目を気にしてるから。
稲垣 私も会社を辞めてから、毎日違う服を着ることに全く興味がなくなりました。
浜田 コロナ禍、夕方6時頃に仕事を終えて、夫と子供と家族三人でご飯を食べたのは人生初めてでした。
稲垣 ええ?? それは大変な人生でしたね。本当に初めて?
浜田 休みの日はありますよ。でも普段は私が早く帰るなら夫は仕事だし、私が遅くまで仕事の時には夫に帰ってもらうか、隣に住む両親のところで子どもには食べてもらうか。自宅で三人でご飯を食べるのは本当に新鮮で、北欧の人みたいって思った。シンプルでいい暮らしをしてるって感じでした。
稲垣 それは良かったですか?
浜田 良かったです。あの頃一日が長かった。朝もリモートだから早く仕事を始めて、昼ご飯は学校も休校だから家族で食べて、また仕事して。夕方、今日どっちがご飯作る? みたいに相談して。夕飯後は仕事しないでテレビ見たり本読んだりのんびり。
稲垣 浜田さんじゃないみたい。
浜田 そうでしょう。

家事にまつわる罪悪感の正体

浜田 あの時期、すごい家事をしたっていう人も多いじゃないですか。私の場合、稲垣さんと違うのが、いろんな調理道具とかを買っちゃったんですよね。
稲垣 なるほど 笑。
浜田 せっかく家にいるからお菓子を作ろうとか。パンを焼きたいとか。
稲垣 家事ってやらされてると思えば辛いですけど、やる気になってやればクリエイティブで面白いですもんね。フェミニズム的な文脈の語りで言うと、家事ってネガティブになりがちというか、「誰がやるのか問題」があって、家事をやらない方がラッキーとか、結局押し付け合いの文脈で語られてきたことに私は違和感があって。本当は家事って本質的にポジティブなものだと思う。何より家事さえできたら、自分で自分の幸せを保証できる
浜田 稲垣さんから見たらまだまだねって思われるかもしれないけど、私はコロナの時に三食作っていた自分にうっとりしたんですよ。
稲垣 なんで?
浜田 私、家事やってる、みたいな。それまで家事をやってこなかった罪悪感があるわけです。つまり仕事が忙しくて、結局は両親に子育てを丸投げしてたので。
稲垣 つまり妻のいる夫的な?
浜田 そうそう。家事を親に押し付けて、掃除も外注して。それをラッキーと思える人もいるかもしれないけど、罪悪感もあるわけです。
稲垣 それは誰に対する罪悪感なんですか?
浜田 自分。生活がちゃんとできてない、という罪悪感。私は別に女性だけが家事をやるものとは思ってないから夫も含めてですが。
稲垣 夫も罪悪感を持ってた?
浜田 夫はないと思います。
稲垣 ないの?
浜田 ないと思う。うちの夫は半分くらい家事をやりますけど、やらないで済むならラッキーだと思う。なんで女性だけが家事をやらないことで罪悪感を抱かなければいけないのかというのは、ずっと感じてきたことで、それはおかしいよねって。
稲垣 家事をやらないことに罪悪感を持たないのはピンチよね。地に足がついていないことに気づいてない。男の人の定年後のピンチって100%家事ができないからですよね。
浜田 家事やれって。
稲垣 そうそう。家事は押し付けるものじゃなくて、自分のことは自分でやるのが当たり前になればいいと思う。一人一家事。子供もできることはやる。それは何よりも自分のためで、災害とか戦争とか、いろんなピンチがこれから襲ってくる時代に、何を失っても自分で生きていけるという自信があるのとないのでは、生きる上での安心感が全然違うと思うんです。

家事アレルギーは誰も幸せにしない

浜田 一切料理を作らないと宣言してた友達がいるんです。彼女は小さい頃に女の子だからと、兄と弟がいるのに自分だけが台所仕事を手伝わされたことが強烈なトラウマになって、家で料理するのは夫だった。ところが最近、その夫が単身赴任になって、彼女も自分で少しずつご飯を炊いたり味噌汁を作ったりし始めたところ、気持ちが落ち着いて体調もぐんとよくなったって。誰かの分をやると思うと腹が立つけど、自分のためにやる料理は楽しいって、呪縛が解けた。
いろんな考え、いろんな経験があるから、家事に対してある種のアレルギーを持つ人がいるのはわかります。とりわけ家事は女性に押し付けられてきたものだから。
稲垣 それはすっごくいい話ですね。「気の持ちよう」の問題は、すごく大きいと思う。私の父は母が亡くなってから一人暮らし歴が結構長くなりました。ちゃんとスーパーで買い物して、自分で作ることもちょこちょことはできる。でも父には料理を「してもらう」ことにプライドがあるの。未だに、実家に帰って一緒にご飯を食べる時、「お父さんご飯だよ」って言うと、「ご飯だよって言って貰えるのっていいな」と必ず言います。自分で作ることが敗北とまではいかなくても、やって貰える方がいいという思い込みがある。だから一人暮らしが「寂しい」だけになっちゃうんですよね。それさえなければもっと暮らしを楽しめるのにと思うんだけど。
浜田 40代くらいの男性も多いですね。私の周りでフルタイムで働いてる女性たち口々に「夫が家事しない」って言いますもん。お前が好きで働いているんだろうとか、40代の男性は平気で言うって。
稲垣 ほんと危険よね。その男性の人生が一番心配。歳を取ったら本当にやばいです。
浜田 家事も育児も手伝わないで、自分は仕事で忙しいって言う人。古い価値観が残ってます。20代は実質賃金が上がらないので、二人で働いて二人で分担みたいに、だいぶ変わってきてますが。

名もなき家事とパートナーへのストレス克服法

浜田 うちは夫の方が作るんですよ。それが実は私にとってプレッシャーになる。嫌味かなーみたいな。
稲垣 そんなことないでしょう。
浜田 自分がプレッシャーに感じるのは、自分の中に何かあるんですよね。女性が家事をすべきということに自分が囚われている。
稲垣 浜田さんですら?
浜田 あと夫は結構家事するのでその点はフィフティフィフティです。とはいえ、例えばお醤油が切れるとか、クリーニング取りに行かなきゃとか、そういうのは私しか気づかない。名もなき家事って言いますけど、名もなき家事が積もって女性の負担になる。言えばやってくれるけど、言うのがしんどいってあるんですよ。それで私はLINEで指令を出すことにしました。男はコマンドをセットしないと動かないロボットだって誰かが言ってましたけど、気がつけよって思うのが苦痛で、コマンドセットするようになってストレスが激減しました。面と向かって言ってムッとした顔を見るのが嫌なので、全部LINEで業務連絡。
稲垣 それは文明が良い方に働いてますね!
浜田 やっといてくれると嬉しいかな、みたいに文面もマイルドにしてます。
稲垣 私には夫がいないのでわからないところがありますけど、名もなき家事も名のある家事も含めて、家事って結局やってもやっても終わりがないのは、私にとっては希望なんですよ。今好きな家事の一つが拭き掃除で、雑巾真っ黒やったーみたいな。これって自分の汚れが自分の娯楽の元ってことですよね。だから死ぬまで娯楽に事欠かない。これって最強じゃないですかね?
あと便利なものをやめて冷蔵庫もないので、昔の人のように梅干し仕込まなきゃとか、栗ご飯作らなきゃとか、気づくと季節に追い立てられている。ふらふら生きてるので、季節に背中を押されることが人生の推進力になってます。仕事の依頼がなくなって、世の中から求められなくなっても、季節に追われながらやっているうちに気づいたら死んでた、みたいな、それがいいな。

箱は小さく、ものを減らすと空間が増える

浜田 話は変わりますけど、最近出張が多くてこの間は10日間、3泊用の小さいリモアで乗り切りました。完全にイナガキ状態。かなり厳選して、下着だって10日間で4組。
稲垣 私、下着は持っていかないよ。
浜田 え? 洗ってる時は? ノーパン?
稲垣 寝る時はノーパン、パジャマ的なものは着ますけど。
浜田 乾かない時だってあるじゃないですか。そういう昼間は?
稲垣 湿ってても履きます。そのうちだいたい乾きます。
浜田 ひとまわり小さいスーツケースで旅行して少ないもので回すと、イナガキ状態になれますね。それとスーツケースに入らないから、お土産をほとんど買わなかった。箱をぎゅっと小さくすると、なんでも諦められる。
稲垣 わかるわかる。私はこれからもっと小さい家に住みたいんですよ。
浜田 鴨長明みたいな?
稲垣 そうそう。最後の目的は鴨長明が書いた『方丈記』の方丈。「方丈庵」として京都の下鴨神社で復元されているのを見に行きましたよ。そしたらびっくり。
浜田 狭かった?
稲垣 それが広かった! 何で広いかっていうと何もないんだもん。
浜田 四畳半は四畳半?
稲垣 そう。なのに何もものがないのでめちゃくちゃ広く感じた。
浜田 いけると思いました?
稲垣 思った!
浜田 今の稲垣さんのお家はどのくらいの広さ? 
稲垣 33平米あります。
浜田 意外と広い。
稲垣 豪邸から引っ越した当時は狭いと思ったけど、今は広すぎます。ものを減らすって、何かをなくす不安に囚われる人が多いと思うんですけど、実は確実に増えるものもあって。それが空間です。ものを減らすと空間が増えます。
浜田 思い出の品を捨てられないとか、そういうのはある?
稲垣 今の家に引っ越したとき、写真とか手紙とかもほぼ捨てました。
浜田 私もあまり過去には興味ない。
稲垣 私の場合はできれば取っておきたい気持ちもあったけど、家に収納がないという圧倒的事実を前にしてはそうも言っていられなくて。でも手放してわかったのが、ものを捨てても思い出はなくならないってことでした。ものがないと思い出せないなんてことは全然ないし、大事なことは覚えてる。
浜田 最後に残るのが大事なことね。
稲垣 歳をとれば頭の中の記憶の箱は減っていくから消えていくものもあるけれど、大事なものはちゃんと残る。覚えていることを大切に生きればいい。あと、私はもう遺品整理に入っているので、本当に大事な思い出の品はちゃんと使ってもらえそうな信頼できる人にあげていますね。

50代で初めて手にした自由時間

浜田 今はピアノが一番の楽しみ?
稲垣 そうですね。だいたい毎日2時間は練習してて、人前で弾くイベントの前は5時間とか6時間とか。
浜田 すごい。プロの音楽家みたい。
稲垣 練習量だけはプロのピアニストって先生に言われます。でもそれだけ練習しても全然上手くならないので、シュールですよ。なんでこんなことしているのかとも思いますけど、そんな「全く役に立たないこと」に夢中になれる自分が嬉しくもあるんです。私、自由だなーって。
仕事をしなくなったら老後というお話がありましたけど、私はそういう意味では死ぬまで仕事をしていたい。それはお金を稼ぐことではないかもしれないし、なんなら持ち出しかもしれない。誰かのお手伝いをするとかお世話をするとか、結局、仕事をするって「助け合う」ってことなんじゃないかと思うんです。最後まで周囲の人と助け合って生きていきたいんですよね。
浜田 私は自分がこれからどうなっていくのかまだわからなくて。とりあえず目の前にある面白そうな仕事をやりながらできるだけ遊ぶ時間を作ろうとしてます。
稲垣 遊ぶってどんなイメージですか。
浜田 旅行とかですね。大学の友人たちと急に頻繁に会うようになって。この間は韓国に行ってきました。みんなやっと介護が終わったり子育てがひと段落したりで、これから自由に動けなくなるまでの何年かが本当に自分の自由にできる時間だって、みんな息急き切ったように次どこ行く何するってなってます。
稲垣 まだまだアクティブですねー。
浜田 初めての自由な時間だから、今から楽しまなきゃっていうのがあります。自分たちが介護される時まで遊ぶぞーみたいな。そういうエネルギーなんですよ。すみません。老後の暴走ばあさんみたいで。
稲垣 いやいやいいじゃないですか。私と浜田さんの路線の違いは、両極端のモデルというか、楽しくやれるうちはエネルギッシュに楽しくという人と、早くも老後ですって遺品整理に入ってる人と。でも私にとってはその「老後」がこの上なく楽しいことなんです。この二人がこの先どうなるか、誰にもわからないけれど、考えるヒントになりそうですよね。今の私は「ちゃんと死んでいくこと」が目標なので、その時いいゴールを切るぞという気合いで、寝たきりになってもロックな感じでいるにはどうしたらいいかということを、日々考えてる。ピンピンコロリじゃなくてボケたり寝たきりになったりしても、前向きに生きたい。それが私の人生後半戦のリアルな希望なんです。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)
1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社で大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『魂の退社』『もうレシピ本はいらない』(第五回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ賞受賞)、『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など著書多数。最新刊は『家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択』。

浜田敬子(はまだ・けいこ)
1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、『週刊朝日』編集部を経て、99 年から『アエラ』編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。2004 年からは『アエラ』副編集長に、その後、初の女性編集長に就任。17 年3月末で朝日新聞社を退社し、アメリカの経済オンラインメディア『Business Insider Japan』の日本版統括編集長に就任。20年末退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」のコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティや働き方などについての講演多数。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』などがある。


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