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燃え殻・二村ヒトシ『深夜、生命線をそっと足す』試し読みを公開します

12月8日の発売に先駆けて、燃え殻・二村ヒトシ『深夜、生命線をそっと足す』試し読みを公開します。

「人生のほとんどは、偶然で決まる」

二村 人生の中でさ、自分にとって、存在感っていうか、なんだか厚みを持ってる他人っていますよね。その人と結婚することになるのかもしれないし、何も起きないかもしれないし、仲良くなっても別れることもあるかもしれない。恋人とも憎い敵とも限らない、ただの知り合いだけど、その人と会って少し話したことで何かが変わった、みたいな。で、それがさ、だいたい全部偶然でしょ。

燃え殻 そうそう、本当に偶然。無限の出会いがあるわけじゃない。いくつかの出会いで人生は構成されている。偶然の出会いで。

二村 僕とあなたの出会いも偶然じゃないですか。燃え殻さんが新宿ゴールデン街で酔っぱらって気絶して、道路に倒れて寝ていたところに、通りがかった俺が蹴つまずいて転んだ(笑)。

燃え殻 そんな劇的な出会いでしたっけ?

二村 ちょっと盛りましたね。いいじゃん、自分の中で、そういう物語にしておきたいの。

燃え殻 じゃあ、それでいいです(笑)。僕が小説を書いたのも偶然だった。二村さんにお会いして、今こうやって話しているのも偶然。偶然、小説を書いたことによって、いろいろな扉が開いた。そういう偶然性で、僕の人生のほとんどが構成されている気がします。

二村 っていうか、誰でもそうじゃないですか?

燃え殻 そうなんですよね。だから、そこを運命だとか……。

二村 自分の意志で決めた、とかね。みんな思いたがるけど。

燃え殻 そうじゃない映画だったり小説だったりに、共鳴しちゃうんですよね。

二村 俺もそれが好きなんだけど、そういう作品ってさ、わりとオチがないんです。原因とか理由とかなくて、しかも「こうやって幸せになりました、めでたしめでたし」ってところで終わらないじゃないですか。

燃え殻 はい。人生のどっかから、ふらっと始まって、人生のどこかで……。

二村 ブツッと終わる。問題の解決のしようがないから。

「心は肉体と共になくなるんだろうか?」

燃え殻 僕、今年46で、周りで亡くなる人が何人か出てきて。

二村 はい。

燃え殻 自分の中の心の整理整頓なんか、普通に生きていてもつかないのに、さらにその周りの死が突然来るじゃないですか。前触れもなく突然。

二村 俺のほうでもさ、バタバタッと......。暗い話で恐縮ですけど、去年の秋口にひとり知り合いが亡くなって、そのあと暮れにふたり亡くなって。俺と同年代だった。 死ぬにはまだちょっと早いかなって歳の人が。

燃え殻 早いですね、それは。

二村 で、年が明けたら今度は、若い人が亡くなってね。結局、年末年始をはさんで 4人......、その中のひとりは亡くなる3日前にお酒を一緒に飲んでいたんです。そういうふうに続くことってあるんだよねえ。

燃え殻 そうだったんですか……。

二村 お酒を一緒に飲みながら、「いやあ、年末は忙しかったんですよ」みたいな話をしてて。その彼の感情があるわけじゃない?   彼は新井英樹さんの漫画がすごい好きでさ、あの夜、僕らの席にはその新井さんがいて。彼は一緒に飲めたことがうれしかったみたいでね。そういう感情があったはずなわけ、それぞれの人の。たとえば燃え殻さんの本を読んで、なんらかの感情を抱いた人が死んじゃったらさ、その感情って、もう今ここにないんだよね。

燃え殻 はい、そうですね。

二村 俺は、死んじゃった人が、ついさっき俺に向けてたかもしれな い好意とか憎しみとかってどこに行ったんだろうな、みたいなことを考えるんですよ。もし生き残った人が誰も、あいつはああいう考えを抱いていたってことを知らなかったら、その考えはもう「ない」のかな。 感情って、現象としては「ある」けど、書きとめとかないと物理的には「ない」じゃないですか。魂とかって、まあ魂は「存在する」って言う人もいるけど。考えたり感情が動いたりっていうのは、わざとドライに言えば、たとえば胃袋が食べたものを消化するとか、心臓が血を全身に送るとか、筋肉が動くのと仕組みとしては同じことだよね。心っていうのは脳っていう臓器の機能が、本体を生かすために働いてさ、作り出している動きでしょ。

燃え殻 なるほど。

二村 血液が脳に行かなくなって、何日かしてその人が燃やされちゃったら、もうその人の心は活動しないんだよね。そこにもう心が存在しないと思うのが寂しいから、「まだある」って思うわけでしょ。死んでも帰って来る、っていうふうに思うわけだけど本当はないよね。いや、あるのかな?

燃え殻 僕は基本的に幽霊とかそういうのを含めて、信じきれないんです。

二村 幽霊とか呪いっていうのは、ある。あるんだけど、それは、そういうものが俺の外部にあるんじゃなくて、呪いを受けてしまう人とか、幽霊を見てしまう人の心の中に残っているんだろうな......、つまんない屁理屈だけど。

燃え殻 僕は父方のおばあちゃんに、まあ世話になったんです。一杯飲み屋をやっていたばあちゃんが、人格形成において大きい存在でした。今でもどこかで見ていてくれている、と思っているフシはあります。

二村 うん。

燃え殻 僕が中学校のときに亡くなったんです。「おまえは怖がりだから、死んだら化けて出ないよ」って亡くなる数日前に耳打ちするんです。まあ、おもしろい人だっ た。亡くなったとき、病室で両親も妹もみんな泣いていた。僕はそのとき、病室の天井をずっと眺めていたんです。「祖母はああ言っていたけど、いたずら好きだっ たから、これは出るかもしれない」と踏んでいたんです。ずっと、ただ天井を見ていました。でもいくら経っても出てこないんですよ。出てこない、っていう事実に泣けましたね。「ああ、おばあちゃんが約束を守ってくれているんだ」って思って、 涙が止まらなかった。 なんとなくですけど、僕が生きている間は、祖母の気配みたいなものは感じていたいんです。そっちのほうが都合がいいんです。昨日も、緊張する仕事があって、「おばあちゃん、頼むわ」って、直前に心の中で会話しましたよ。 特定の神様とかは、残念ながら信じていないんですけど、おばあちゃんには頼みごと多いですね。

二村 幽霊とか呪いって話をしたけどさ、その「おまえは怖がりだから出ないようにするよ」っていうの、いい呪いだね。「おまえにいいことが起きるよ」みたいなプラスのいい呪い、つまり祝福じゃなくてさ、「私は出ませんよ。目に見える形で現れて、おまえのことを脅かしたり怖がらせたり、おまえを寂しがらせたりはしな いよ」っていうマイナスのいい呪い。特に何もないっていう。地味だけど(笑)、 いいよね。そういうふうには出ない代わりに、ずっと、常に、いてくれるわけでしょ。

燃え殻 どこかでそう思っているんです。

二村 突然出られると、驚いて事故を起こしたりするからね。

燃え殻 ですね。だから気を遣ってくれているんだなと思っています。

二村 そういうおばあちゃんの意志がさ、残っている。しかも現象として起きているわけじゃなくて、怖いものが見えないっていう、燃え殻さんの心のいい作用として 残っていますね。不思議なことですね。

燃え殻 残っています。

二村 悪い呪いってさ、「あれを残して死ぬに死ねない......」とかさ、「あいつが憎い ......」って死んでいくとさ、やっぱり幽霊は、出ちゃうよね。故人の気持ちを知っている残された人の中にね。

燃え殻 そうですね。心の中に存在するものなのかもしれない。

(本書p15-18,p43-49から本掲載用に抜粋・構成)

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