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ルネサンスはペストと経済危機からの再生だった!ーー人気の公認会計士が「美術」と「経済」の知られざる関係を解き明かす。

人々の知恵と工夫が経済を動かし、さまざまな困難を乗り越えてきた! 大人気の公認会計士・田中靖浩さんが名画を通して読み解く画期的な世界史入門『名画で学ぶ経済の世界史ー国境を越えた勇気の再生の物語ー』。今まで美術に興味がなかった方も、経済に疎かった方も、名画に隠されたさまざまな史実に大興奮必至。発売前ですが、予告編としてプロローグを全文公開します!

プロローグ ペストとルネサンスと虹と

 その船がシチリアの港に着いたのは1347年の秋。
 降りてきた船員たちの皮膚はどす黒くただれ、あちこちに腫れ物と紫斑ができています。
 息も絶え絶えに、話すたびごぼごぼと血を吐き咳き込む男たち。
 彼らを看病した港の人々にも同じような症状が現れはじめます。
 恐怖の病、それには後になって「ペスト(黒死病)」の名が付けられました。

 感染を恐れたヴェネツィアでは、外からやってきた船を40日間港に留めおき、大丈夫であると確認するまでは船員を下船させませんでした。この「40日」を意味するイタリア語quarantineはのちに「検疫」を意味する英語となります。しかしそんな検疫をあざ笑うかのように、ペストはイタリア半島を覆いつくし、ついでヨーロッパ全土に広がっていきました。

 空気感染が噂されたことによって、部屋を区切る大きなタペストリーが流行ります。また風呂に入ると毛穴が開いて感染すると恐れた人々は入浴しなくなり、風呂嫌いになった人々は香水で体臭をごまかすようになりました。風呂嫌いはそのあとも長いヨーロッパの伝統となります。

「話しただけでうつる」
「うつると苦しんで死ぬ」
「治すための薬がない」

 これが人々にどれだけの不安を与えたことでしょう。
 いったん感染すると、家族や仲間にも会えずに死を待つしかない恐怖。
さらに人々を絶望させたのは、ペスト患者を献身的に看病したお医者さんほど、そして絶望に震える患者に寄り添った神父ほど感染してしまった事実。
 親切で信頼できる医者や神父さんほど早く死ぬ――この現実を目にした人々は教会への不信感を募らせます。
 多くの都市では感染拡大によって人口が減り、経済活動が停滞しました。商売が続けられなくなった人が住み慣れた家屋敷を泣く泣く手放すことも増えました。

 そして数年が経ち、悪魔の病がやっと去った頃。

 イタリアのあちこちでは古びた建物が取り壊され、新しい建物の建築がはじまりました。
 それを進めているのは新たに登場したパトロンたち。イタリアのフィレンツェでは、銀行業を営むメディチ家がローマ教会と組んで街の再興をはかります。新たな建物、そこに飾る彫刻、そして絵画、これら芸術作品の制作はフィレンツェの若き芸術家たちに委ねられました。

「君たちの感性で思う存分やってくれ」

 そんな依頼を意気に感じた若き芸術家たちは、古きギリシャ・ローマ時代を参考にしつつ、独自の建築・彫刻・絵画をつくりあげます――これが私たちがよく知る「ルネサンス(再生)」です。
 ルネサンスは再生や復活といった意味ですが、それは古代ギリシャ・ローマ文化の再生であると同時に、イタリアがペストの不幸から再生した物語でもありました。

 ペスト後に花開いた革新的なルネサンス絵画は、ヨーロッパの芸術家たちを驚愕させました。ある者はこれを模倣し、ある者はそれを乗り越えようと工夫します。
 こうしてルネサンスから、私たちが知る「絵画の歴史」の幕が開きました。

 恐怖の船がシチリアに着いてからもペストだけでなくあらゆる疫病が繰り返しヨーロッパを襲いました。それにともなって人口減少や経済危機も繰り返されます。さらには天候不良による不作や飢饉、宗教対立、戦争、政治的混乱。何度となく人々は地獄の底に突き落とされ、そして何度も立ち上がってきました。

 本書に登場する絵画には当時の社会状況だけでなく、人々の苦しみや楽しみ、そして希望が描かれています。
 人々はどんな時代に、何について喜び、何を悲しみ、そして乗り越えてきたのか。
 さあ、ヨーロッパ絵画をもとに彼らの「勇気と再生の物語」を訪ねましょう。
 それは長い時を経て、画家が私たちへ届けてくれた「未来へ虹を架ける物語」です。

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以下、本編に続きます。発売は7月30日。どうぞ、お楽しみに!

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