『アスク・ミー・ホワイ』(古市憲寿・著)プロローグを公開します
社会学者の古市憲寿さんがアムステルダムを舞台に描く、今年No.1のロマンチック・ストーリー『アスク・ミー・ホワイ』。8月27日の発売に先駆けてプロローグを公開いたします。
ニュースにはいつも続きがない。
悪質タックルをしたアメフト選手はどうなったのか。元号が代わる前に見せしめのように処刑された元教祖の遺骨は誰の手に渡ったのか。引退した国民的歌手はどのような生活を送っているのか。異性と握手したという罪で鞭打ち刑を宣告されたイランの詩人はどうなったのか。異性と握手しないという理由で、スイスで国籍取得が認められなかったイスラム教徒はどうなったのか。
もちろん本気で調べれば何かわかることもあるのだろうけど、ほとんどのニュースは第一報ばかりが、やたらスキャンダラスに伝えられる。だけどマスコミや世間は、すぐに新しい事件に目を奪われ、一つ前の事件を忘れていく。
港くんのことも、多くの人はこの文章を読むまで忘れていたんじゃないかと思う。
彼はただの脇が甘い人間だったのか。加害者だったのか被害者だったのか。
きっと、そんなこともどうでもいいのだろう。
そういえば、そんなニュースもあったね。そう言ってほんの少しだけ彼のことを思い出したら、きっとまた新しい事件を話題にする。それも別にいい。僕だって、ほとんど の出来事に関してはそうだから。
だけど、どうしても港くんについてはこうして文章を書き残しておきたかった。だっ て、もしも世界のどこかで誤解を解いてくれる人が、たった一人でも増えるなら、それは意味のあることだと思うから。彼が遠く離れてしまった今だから、なおさらそう思う。
誤解。そう、それはこれから僕の伝える物語のキーワードだ。
もちろん、僕が何一つの誤解なく彼のことを理解できているとは思っていない。そんなことは絶対に無理だから。
だからせめて、たくさんの港くんを思い出しておきたい。よみがえる彼の言葉はどれも優しくて、いつも僕の背中を押してくれる。
「悪い予感ばかりが当たるのは、そもそも未来に期待してないからだよ。本当に小さく てもいいから、いいことばかりを思い浮かべてみなよ」。彼に言われた通り、すぐにでも起こって欲しい出来事を心の中でつぶやいてみる。
君が隣にいないことはとても寂しいけれど、今日も何とかやっていけそうだよ。港くん、君に出会えて本当によかった。心からそう思う。