『もっとおいしく作れたら』(樋口直哉)[はじめに]と[目次]を公開します
「ご飯を食べている時、怒っている人はいない」
僕の母はよくそう言っていた。おいしさは主観的な感情で、人それぞれ基準は異なり、すべての人にとっておいしい料理は存在しない。でも、おいしさは誰にとってもポジティブな感情だ。
もっとおいしい料理をつくりたい、といつも思っている。料理をはじめてそれなりの月日が経つけれど、なかなか思い通りにはいかない。食材をどのように保管するのか、台所は清潔にできているか、自分の健康状態は万全か......考え出すと、料理という作業の大変さがよくわかる。
食材は一つ一つ生きている。それがもっとも輝く瞬間を大切にすること。もちろんそれは食べる側から見た勝手な思い込みだけど──それを捉えることが料理をする人に一番大切な能力かもしれない。
料理は毎日の営みだから、忙しさにかまけてつい食材のことを忘れがちになる。毎日、同じ作業の繰り返し。そう思った瞬間においしさは逃げていってしまう。一番怖いのは「慣れ」なのだ。それに料理が作業になってしまったら、苦しくなる。どこかに楽しみを見出さないと、とても続けられない。
僕の尊敬するシェフは「(食材を)手で触るほど料理はおいしくなる」と言っていた。手を加えて、さらにおいしくする。昔の人が言ったように、火を通しても新鮮さ を残さなければいけないし、形を変えて自然でなければいけない。
僕自身はその域に、とてもではないが到達できる気がしないけれど、時々「料理が 上手くなった」と思う瞬間はある。例えばすごくいい食材が手に入った時は、おいしい料理がつくれる。手をかけなくてもそれ自体にポテンシャルがあるからだ。でも、いい食材は往々にして高価だし、毎回最高のものが入手できるわけではない。安価でもいい食材はあるが、その持ち味を引き出すには手間がかかったりするのが料理の難 しいところ。
新しい道具との出会いも自分を成長させてくれた。打ち出しの雪平鍋を作る職人さんを取材した時、その場でサイズ違いの鍋をいくつか買った。
「鍋の底が丸いでしょう。火で包むように熱するので、上手く対流する。だから、煮物なんかはちょっと強めの火加減でグーッと炊いていくといいですよ」
早速、家に帰って試してみるとたしかに上手く炊けた。
考えてみると、いい食材をつくっているのは生産者だし、鍋を作っているのは職人だ。いろいろな人たちに助けてもらったり、教えてもらったりすることでしか、料理は上手にならない、ということだろう。
結局、料理は一人ではできない。食べてくれる人も必要だ。もっとおいしく作れたら......料理をつくりながらそう思う。そうすれば食材も喜んでくれるだろうし、食べる人も幸せになる。たしかに母が言っていたように、おいしい食べ物はみんなを笑顔にする。
目次
第一章 野菜が教えてくれたこと
カブの丸焼き
レンコンのステーキ
ズッキーニのポワレ ミント風味
ピーマンの丸焼き
冷やしトマト
かいわれ大根の煮浸し
アスパラガス 卵のソース
第二章 スープ 微笑むような火加減で
春野菜のスープ
トウモロコシのポタージュ
玉ねぎのポタージュ
ヴィソシワーズ
ガスパッチョ
第三章 サラダ 素材と対話する、ということ
じゃがいもとパセリのサラダ
ニンジンサラダ
マッシュルームとパルミジャーノチーズのサラダ
世界一シンプルなグリーンサラダ
野菜とクスクスのサラダ
エビとみかんのサラダ
第四章 鉄のフライパンは一生もの
牛肉のステーキ 胡椒の利いたソース
ホタテのソテー
ラムの生姜焼き
豚バラ肉の黒胡椒焼き
ソーセージのケチャップ和え
サーモンステーキ 赤ワインソース
第五章 肉料理 シンプルに仕立てる
鶏とキノコのクリームシチュー
羊のカレー
鶏むね肉のシュニッツェル
薬味たくさんの豚しゃぶ
完璧な肉じゃが
第六章 ご飯、ときどきパスタ
ビーツのリゾット
カリフラワーチャーハン
えんどう豆ご飯
ペンネアラビアータ
トマトの冷製パスタ
第七章 デザート 香りの魔法
チョコレートムース
スイカのキャンディ風味
りんごの剝き方
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