一緒にため息をついてくれる心地よさ『明けないで夜』(燃え殻)review by秀島史香
ラジオDJという仕事をしていると、ふと「ああ、この人の語り、心地いいな」と感じる瞬間がある。その“心地よさ”の正体を考えてしまうのは、完全に職業病だろう。それは単に内容が面白いとか、声が美しいといったことではない。言葉の選び方や置き方、トーンやリズム、そしてその人のまとう空気感、といった総合力なのだ。つい「私も真似できないかな」と、下心の混じった気持ちで耳を傾けてしまうが、それはその人唯一のもの。コピーしようと思っても、決してできるものではない。
そんな私にとって、ずっと気になっているのが燃え殻さんだ。その言葉には、人の気配が感じられる“ちょうどいい適温”がある。ふとした日常の出来事や心の動きを綴るエッセイは、どこか遠くで語られているようでありながら、自分自身の気持ちにスッと重なる温度と湿度を感じられる。
そして、絶妙な「間」。まるで、読者の思考の中に自然に入り込み、静かに自分の思い出と重なるまで待ってくれているような、そんな余白がある。「なんていうか、さ…」と、つぶやくように話しかけられているようで、そこには押し付けがましさや説明のくどさなど一切ない。
それは相手を決めない「問わず語り」のようでありながら、読んでいると、ふいにこちらの心をぐらりと揺らす。「ここに同じ気持ちの人がいた!」と気づいたときの、ひそやかな心強さ。読んでいるうちに、自分がいま抱えている感情や思いがその言葉を通して解かされていくような気持ちになるのだ。
『明けないで夜』で繰り広げられる出来事は、決して自分のものではない。なのに、なぜか「こんな気持ちになること、あるな」と重なってくる。まるで「お互い大変ですよねえ。今日もお疲れ様です」と静かに語りかけてくるようで、一緒にため息をついてくれるような。自分のギアがどこに入っているのかわからない時もあるけど、夜は明け、日は昇り、毎日は流れていく。「まあ、仕方がない。それでも、どうにかやっていくしかない」と、不思議なエネルギーを与えてくれるのだ。
それは彼のラジオ番組(J-WAVE「BEFORE DAWN」火曜26時)にも同様に感じられる。リスナーに語りかける声は、過剰に飾り立てることもなく、無理に感情を込めすぎることもない。ラジオはその人の声や話し方、人柄がそのまま出るメディアとよく言われるが、現実にはメディアに出る以上、少なからずかっこつけてしまったり、求められている自分を演じてしまうことが多々ある(自分への戒めも込めて)。しかし、燃え殻さんの場合、なぜだかそれをまったく感じさせない。一切の過剰さや演技めいたものが感じられないのだ。飾り立てることもなく、無理に親しみを演出するでもなく、ただそのまま。まったくのノーガードでいてくれる。それは「あなたも、そのままでいいんだよ」と、そっと肯定してくれるようなぬくもりのようでもある。
その心地よさは、真似しようと思っても絶対できないもの。頭では分かっているつもりだけど、やはりちょっと嫉妬してしまう自分がいる。そして、今日もつい耳を傾け、ページをめくってしまうのだ。
追伸。
特に好きなのは、幾度となく出てくる中華料理の話とお祖母様のエピソード。何度も噛みしめたくなる味わい深さと懐かしさ。心にそっと灯りをともしてくれます。
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