【試し読み】作家・松井玲奈が描く、様々な食の思い出。初エッセイ『ひみつのたべもの』
ドラマや映画、舞台など、個性豊かな役柄を演じ、話題を呼んでいる松井玲奈さん。作家としても注目を浴びた小説『カモフラージュ』『累々』に続き、女性グラビア週刊誌『anan』にて2020年春〜秋にかけて毎週綴ってきた好評連載「ひみつのたべもの」を、初のエッセイ集として2021年4月20日に出版します。
書店での発売に先駆け、収録50作品のうちから「食欲おばけの日」「推しに捧げる手作りプリン」をnoteにて限定公開します!!
食欲おばけの日
自宅にいる時間が増えると、お腹が空いていなくても不思議と口寂しくなる。
あの現象は一体なんなのだろうか。本当に空腹かと自分に聞いても、何か食べたいだけです! とあっさり返ってくる。
家の中にあるのは数日分の食材と、非常食的に置いてある袋麺たち。袋麺に関しては、実家から段ボールで送られてきたもので、目につかないところにひとまとめにしている。料理をするのは好きだけど、なぜだか袋麺に対しては億劫な気持ちが出てきてしまうのだ。
カップ麺ならお湯を沸かし、容器にお湯を注いで三分で、はい完成。一方袋麺は手軽とはいえ、カップ麺より工程が増えるし、洗い物も増える。であればカップ麺の方を食べたいなとズボラ的思考がはたらいてしまう。
何か食べたい! となった時、今残される選択肢は、
きちんと料理をする
コーヒーなど飲み物で紛らわす
果物を食べる
袋麺を作る
この中では果物を選択するが最もヘルシーである。ぶどうを一房食べ切ってしまっても、いちごをワンパック食べたとしても、大して太りはしないし。果物はたくさん食べたとしても、お菓子を食べるより罪悪感もない。ビタミンなど栄養があるし、間食に向いたスナックだと考えている。
先日、どうにもこうにも食欲が止まらない〝食欲おばけの日〞があった。食べても食べても何かを口に入れたい。果物をもりもり食べても、すぐに空腹を感じている気がする。
冷凍していたご飯もすっかり食べてしまい、他に簡単に自分の食欲を満たせそうなものは袋麺しか残されていなかった。
洗い物が増えたとしてもこの食欲には勝てん、と実家から送られてきた段ボールの中を探ると、味噌煮込みうどんが。
実は先日、味噌煮込みうどんが食べたくなったので作ったのだけれど、残念なことに赤味噌がなく合わせ味噌で代用したところ、ただの味噌汁にうどんを入れただけになった。無念。
まずくはない。しかし私が食べたかったのは、濃い赤味噌の味のする味噌煮込みうどんである。
これは今私が抱えている深刻な味噌煮込みうどん欲までいっぺんに満たせるチャンスが到来したのではと、意気揚々とキッチンに立った。
土鍋で麺を茹で、赤味噌スープの素を入れ、適当に切った野菜も一緒にグツグツ煮込む。最後に卵黄をのせて完成、といきたかったのだが、うちには小さい土鍋がなかった。ビジュアルとしては不完全であることに悔いが残るが、結局小ぶりのシチュー鍋の中で全てを調理しそのまま食べた。
こんなふうに鍋から直接食べるのは東京に出てきたばかりの頃以来だなと、なんだかノスタルジックな気分に陥った。
昔は大したものも作れなかった私。毎日毎日、それはもう毎日、鍋になんでもかんでも野菜を放り込んで煮込み、そのまま食べていた時代があったのだ。
さすがにこれはいかんと思い、少しずつ料理を覚え始めたけれど、鍋から直食もたまにはいいものかもしれないなと感じた。なんせ洗い物も減る!
味噌煮込みうどんに関しては袋麺ももちろん美味しいが、家で食べるなら断然山本屋本店の半生めんに限る。ぜひ、愛知に行った際はお土産にどうぞ。硬めのうどんと、濃い赤味噌スープが名古屋にプチトリップさせてくれる。
即席麺でいうと、皆さんどん兵衛は食べるだろうか? マルちゃんの赤いきつねでも構わない。
ちなみに日清のどん兵衛のうどんは緑色のパッケージ、マルちゃんの赤いきつねは赤色のパッケージである。ややこしい。子供の頃はいったい何が違うんだ? どちらにもお揚げが付いているのにどうして色が違う? と頭を悩ませたものだが、そもそもメーカーが違ったわけだ。
さて、カップうどんの食べ方で数年前に流行った、十分経ってから食べるという方法を知っているだろうか?
メーカー推奨時間よりは随分と長いのだが、そうすることによって麺が伸びてもちもち感がこの上なくアップする。私はこの食べ方がとても好きで、泊まりの時によくこの十分どん兵衛(赤いきつねでも可)を食べる。
お腹が空いている中でいつもより長く待ち、あと少し、あと少しと時計をチラチラ見る時間を経てありつく十分どん兵衛は至高である。普段よりもちっとした麺もさることながら、上にのったお揚げ。これがまた出汁を吸って羽毛布団くらいふっくらとする。噛んだ瞬間にじゅわーっと口の中に溢れ出す出汁。スープを飲み干すことは避けたいが、できることならこのお揚げに可能な限り出汁を含ませて食べたい。幼い頃からの夢である。
深夜にこれをすると背徳感と幸福感に見舞われる。翌日自分の顔を見て後悔することにはなるが、この美味しさ、背に腹は代えられない。
ここに悪魔的美味しさをプラスする。食べる直前に天かすをどっさり、それはもうどっさりのせてほしい。天かすの食感がふやけて徐々に変わっていくのが最高に美味しく、うどんのもちもち感のアクセントになる。お揚げと天かすのジュワッ、サクッとした食感もたまらない。もう、悪魔的に美味しい。
さんざん即席うどんについて話してきたが、自宅で過ごす間に増量してしまうとお仕事に影響が出てしまうので、欲望のままに食べることはほどほどに。食べたら次の日調整するとか、おうちの中で運動して帳尻合わせしていこう。
イラスト・牛久保雅美 「anan」2203号(2020年6月10日発行)掲載より
推しに捧げる手作りプリン
皆さんには好きな芸能人がいるだろうか?
アイドルや、歌手という人もいるだろう。私は今アイドリッシュセブンというアイドルグループを熱心に、それはもう熱心に応援している。
アイドリッシュセブンとはなんぞや、と思われる方もいるだろう。音楽に合わせて画面をタップする音ゲーと、物語が進行するノベルゲームが一緒になったスマホゲームの中に登場するアイドルグループがアイドリッシュセブン。
プレイヤーはマネージャーとなり、彼らをトップアイドルに成長させるべく、ともに奮闘していくのだ。
アニメ化もされ、メットライフドームでコンサートもし、現在アニメの二期も制作されている。三期の放送も決まった。めでたい!
四月一日は私の推しである四葉環くんのお誕生日だった。オタクという者の性なのだろうか。推しの誕生日は祝わずにはいられない体になってしまったので、もちろん環くんのお誕生日をお祝いする。
お祝いの仕方は人それぞれ。絵を描く人もいれば、推しをチョコペンやパンケーキで器用に描く人もいる。私はそのどちらもできず、無難にケーキをホールで買い、バースデープレートをつけてもらおうかと二週間ほど前から考えていた。
しかし、しかしである。環くんの大好物は「王様プリン」と呼ばれるプリン。私は思考を巡らす。
推しの好物がプリンであるならば、やはりここはプリンで祝うべきなのでは、と。
ケーキの代わりにプリンを用意する、というところまでは決まった。さて次は、買ったもので済ませるべきか手作りか。
お菓子を作るのは好きだ。しかしプリンは今までちゃんと作ったことがないのである。簡単プリンセット、みたいなゼラチンで固める系プリンであれば失敗もなさそうだが、作るのであればゼラチンというチート素材はできれば避けたい(それはそれで美味しいけど)。
ということで、推しの誕生日を祝うべく私は初めての手作りプリンに挑戦することにしたのだった。
ここまで読んでくださったアイドリッシュセブンをまだよく知らない方。ついてきてくださり感謝しかない。いったん簡易休憩を挟もう。
プリン、硬めが好きですか? 柔らかめが好きですか?
私は昔ながらの喫茶店の少し硬めのしっかりしたプリンが好きだ。カラメルはサラサラで、お皿の下に溜まっていて、上にはしっかり泡立てた生クリームがぽってりのっていたら満点。
さあ、話を戻して。プリンの作り方をクックパッド先生に頼り調べると、蒸し器がないと作れないのかと思いきや、深めのフライパンがあれば作れることが判明した。
用意する材料も卵、はちみつ、バニラエッセンス、牛乳もしくは豆乳。
まず、うちにはバニラエッセンスがない。卵の味をしっかり感じたいということにして、ここは割愛させていただいた。
冷蔵庫には、牛乳が……ない。豆乳はおそらくコップ半分くらいしか残っておらず、あるのはアーモンドミルクのみ。お菓子作りはレシピに忠実でなければいけないことを重々承知しながらも、アーモンドミルクでもプリンが作れることを信じ、これを使うことにする。
ということで材料は卵、はちみつ、アーモンドミルクに変更。きっと大丈夫。
作り方は至って簡単で、ボウルに材料を全部入れよーく混ぜる。泡立てるのではなく、混ぜる。そうしてできたプリン液をざるで何回か濾していく。しっかり濾すと混ざりきらなかった卵白がとれて滑らかな液に変化する。ここは仕上がりに影響するので念入りに。
深めのフライパンに三センチほどの水を入れ沸騰させたら、容器に移したプリンを入れ蓋をして五、六分蒸す。これだけで簡単に蒸せるだなんてと私は感動した。
時間になったら十五分ほど置き、粗熱をとり冷やしたら完成! なんて簡単!
完成したプリンはすが入ることもなく綺麗な仕上がり。書いてあるレシピとは違うアーモンドミルクを使ったので、もしかしたら上手く固まらないかもと不安だったがそこも大丈夫。
さあお祝いだと、持っている環くんグッズとプリンを並べ、誕生日に公開された動画を見ながらささやかなお祝いパーティーを開催した。
スプーンを入れると、ぷるぷるというより、しっかりした感覚が伝わってくる。どんなもんだろうかと、初めての手作りプリンを実食したが、しっかりと卵の味! はちみつの甘さも砂糖とは違うまろやかな甘さ。アーモンドミルクの味はそんなにせず、はちみつ風味のプリンという感じで大満足の出来になった。
こんなに簡単なら、普段もちょっとしたおやつに作れそうである。今回はココットサイズのプリンだったが、もう少し大きいサイズで作る手作りならではの特別感のあるプリンも作れそう。
動画にも大満足し、最後までプリンを食べきり、私は一つ重大なことに気がついた。
あ、カラメルソース作り忘れた。
ごめん! 環くん! 来年はもっと大きくてちゃんとカラメルありのプリンでお祝いするね!!
イラスト・牛久保雅美 「anan」2204号(2020年6月17日発行)掲載より
〜続きは書籍でお楽しみください〜
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『ひみつのたべもの』松井玲奈・著
2021年4月20日発売
1540円(税込)
四六変・240頁(うちカラー口絵16P)
表紙・口絵撮影 川島小鳥
スタイリング 山口香穂
ヘアメイク 白石久美子
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室
※書籍には連載イラストは収録されません