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やめどきは、始まりのときをふりかえることでもある。『人生のやめどき』上野千鶴子さんによる「はじめに」公開します

家族、人間関係、仕事、趣味……人生の荷物をひとつずつ下ろしてみませんか。

丁々発止、笑いに涙、樋口おネエさまと16歳年下の赤髪のチコちゃんの二人が、人生にまつわるあらゆる「やめどき」について語り合った『人生のやめどき』。意見を同じくするところ、まったく噛み合わないところ……それぞれに生きるヒントが隠されています。あらゆるしがらみを捨てて、すっきり毎日を送るためのヒントが満載の1冊から、「はじめに」を公開します。

「はじめに」ーー上野千鶴子

 わたしには、このひとに何か頼まれたら何をさしおいても駆けつけるというグレイト・レイディズが何人かいらっしゃる。そのおひとりが、 樋口恵子さんである。

 樋口さんとは何度もシンポジウムや座談会でご一緒したが、考えてみ たら、対談をしたことがないことに気がついた。その樋口さんからお声 がかかったのだから、一も二もなくお引き受けした。

 テーマは「人生のやめどき」だという。樋口さんは御年八八歳、わたしはそれより一六歳若い。人生百年時代に、わたしなどは、まだ高齢者 ビギナーだが、畏友春日キスヨさんの言う、人生の最期に待っている「ヨタヘロ期」こと、「ヨタヨタヘロヘロ期」に、樋口おネエさまは足を踏みいれているらしい。自分より少し先を行く先輩の背を見て育ってきた者としては、この際、膝詰めで樋口さんのホンネを聞いてみたいと思っ た。このチャンスを逃す手はない。

 それも樋口さんが老後を迎えて建て替えたご新居で。おひとりさまの 在宅派であるわたしに、樋口さんは最期は施設か自宅か、「決められな いわね」と言を左右にしてきた。どちらを選んだひとたちにも配慮した 発言だと思うが、八〇歳を超してから、ご本人がここなら入ってもよい と思われる有料施設の入居金に充当する蓄えを放出して、いまや寿命の 尽きた都内の庭付き一戸建てを改築するという大決断をなさった。

 それでわたしは樋口さんに会うたびに、こう言うようになったのだ。「樋口さんもついにルビコン川を渡りましたね。これで施設派へは引き返せま せん、在宅死のお覚悟はできましたか?」と。

 その在宅の環境もこの目で拝見したかった。エレベーター付きの二階建て、手入れのよい前庭から通りを歩くひとの気配が伝わり、玄関脇の緑が見える居間に介護ベッドを置いてヘルパーさんに出入りしてもらえば、要介護生活も快適だろう。 

「人生のやめどき」というが、樋口さんはちっとも人生をやめる気なんかなさそうだ(笑)。わたしよりずっと貪欲で、エネルギーにあふれている。わたしも「やめどき」を語るには、ちと早いような気もする。

 だが、「やめどき」をネタに、かねてより樋口おネエさまに聞いてみたいことがたくさんあった。やめどきは、始まりのときをふりかえることで もある。

 女にとって激動の時代を、少しの時差で生きたふたりの女には、尽きない話のタネがあった。

 それだけではない。もしかしたら、もしかしたら、樋口さんは、ご自分の頭や記憶力がたしかなうちに、わたしとさしで話しておこうと思われたのかもしれない。たぶん二度とない機会だと思ったから、わたしも ずいぶんつっこんだ話をした。

 結果として、「料理のやめどき」「クラス会のやめどき」から「家族のやめどき」、はては「自分のおりどき」まで。広く、深く、語りあうことができた。

 同時代に樋口恵子という大先達がいて、幸運だったと思う。ずっとこのひとの背を見て走って来たような気がする。

 樋口さん、人生のやめかたも、しっかり見せてくださいね。


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