『松本隆 言葉の教室』の「はじめに」公開します
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『松本隆 言葉の教室』の「はじめに」公開します

「風をあつめて」「木綿のハンカチーフ」「ルビーの指環」「赤いスイートピー」「硝子の少年」など、数々の記憶に残る歌を生み出した稀代の作詞家・松本隆が、その創作について語り下ろした『松本隆 言葉の教室』。11月16日の発売に向けて「はじめに」を公開します。

はじめまして。松本隆です。
この本では、ぼくが話したことを延江浩さんが文章にしてくれています。 最初に断りを入れないといけないな。「言葉の教室」というタイトルがついてますね。でも、ぼくにはテクニックや方法論について、人に語るようなことなど、なんにもないんですよ。長年作詞家として仕事をしてきたので、体のどこかにテクニックが染みついたところはありますけれど、むしろ毎回それをゼロに戻して、無になって書いてきました。

テクニックに頼った瞬間、言葉は浅くなるんです。
たとえば手紙の時候の挨拶とかありますよね。型にはまったフレーズ。それを使っておけば誰もが安心できる、そういう言葉です。それって、「暗黙の了解」にはなるかもしれませんけど、人の心を動かすことはできないでしょ。

それと同じで、
「これだけ押さえておけば大丈夫」
「この言葉を入れればOK」
こういう定型やテクニックは、ぼくからいちばん遠いところにあります。
でも、ぼく自身、どういう表現をすれば人の心が動くのかについて考えたことはあって、それは、潜在意識に届く言葉なんですね。意識には顕在意識と潜在意識とがありますが、テクニックや定型が向かうのは顕在意識のほうで、ここにいくら訴えても感動は生まれない。言葉は潜在意識に届けないと、人の心は動かないんです。

潜在意識に言葉を届けるには、つくる側も潜在意識を使う。つまり、頭で考えるものでも、頭でつくるものでもなくて、どれだけ自分を空白に、無にしておけるか、なのです。

真っさらな状態がベスト。そこから浮かんでくる言葉で表現する。
喩えていうなら、部屋を借りるときに、家具付きの家って便利ですよね。でも家具があらかじめ備わっている分、制約もできてしまう。本当に自由に好きな家をつくるなら、家具が全くない状態がいいのです。なにもない状態は人を不安にさせますけど、無から生まれるものには強さが備わっています。

少し話は飛びますが、ぼくは風とか空気とか気配を大事にしています。つまり、 目に見えないけれど、本当はあるもの、です。新聞やテレビが伝えることは目に見えるものですが、そういうことはたいていどうでもよくて。活字や画面の向こうにある、目に見えないものにたどり着きたいと思ってきました。

人に対しても同じように考えていて、男とか女とか、若いとか老いてるとか、 地位があるとかないとか、肩書きとか、そういう表面的なところは、ぼくにとってたいして意味を持ちません。いい人悪い人とか、そう簡単に割り切れるものでもないし、そんな単純な人間などいません。全部取っ払って、深いところに埋もれているものが、ぼくにとって金脈で、そこまで掘り下げることで言葉が生まれてきました。

表現というのは、これまで生きてきたなかで経験したこと、感じたこと、読んだもの、観たもの、聴いたもの、いろんなものが組み合わさって、それが、確かなリズムとバランスで形をなしたとき、人の琴線に触れる力を持ちます。多くの人の心を動かしたとき、その表現は普遍となってあとに残る。

2021年は作詞活動50周年で、ひと区切りの年になりました。7月に出したトリビュートアルバム『風街に連れてって!』では、ぼくが70年代80年代につ くった歌を、90年代、2000年代生まれの人たちも参加して歌ってくれた。それを聴いてくれるのは当時生まれていない世代。これって画期的なことです。歌い継がれて普遍になるって、意外と難しいことだから。

ぼくはずっと日本語にこだわって表現してきました。たとえば日本語のいいところは、青という色を表現するとき、その方法が何十種類もあることです。
藍色、群青色、瑠璃色......。英語だとひとことブルーに尽きるところを、青
藍、空色、紺碧......無限にあります。それに自分で新しい言葉をつくることだってできる。

人間は頭が良くなっちゃって、コミュニケーションがとりにくくなってるで しょ。動物だと、ライオンが来たぞって空気でわかってピッと耳が立つけど。人間はそうした本能が薄くなっちゃったから、努力しないとコミュニケーションがとれない。とくに都会では隣に誰が住んでるかもわからないし。それは困った問題で。そういうのを歌で埋められないかなってことは考えていた。コミュニケー ションだよね。言葉と歌でコミュニケーションをとりたい。

そう思ってやってきて、いま、作品が歌い継がれているのを見ると、ぼくのやり方はそう間違ってなかったと思えます。

テクニックやコツとはほど遠い、ぼくがぼくなりに考えてきた言葉とのつき合い方について、この本で話してみます。

Amazon以外はこちらより。


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