「最先端の脳科学」で子どもたちの心を守る――日本人史上最年少の米国臨床医が目指す未来
社会正義としての小児精神科医
私は、臨床医として子どもたちのうつ病や躁うつ病、不安障害、ADHDなどといった精神疾患の診療をしています。また、脳科学者として、「子どもの気分の調整が、脳の中でどのように行われているか」を調べる研究もしています。
私は北海道大学医学部に在学中、アメリカの医師国家試験に合格し、卒業と同時に渡米しました。イェール大学で研修医をしたのち、ハーバード大学に移り、そこで子どもに特化した小児精神科の研修を受け、32歳のときに助教授になりました。
私の研究は、臨床医として患者さんを診察する中で症例を集め、分析する臨床研究と、精神的疾患の元になっている脳の機能をファンクショナルMRIなどを使って分析する脳画像研究の2タイプあります。
まず、なぜ私がそのような研究をすることになったのかという大きな背景をお話ししたいと思います。
私が小さい頃から常に意識させられてきたのが「ソーシャルジャスティス」という問題です。日本語に訳すと「社会正義」でしょうか。
私の独自の解釈も交えると、ソーシャルジャスティスとは、弱い立場に置かれた人の尊厳が守られるために、何をしたらいいかを考えることです。そして、これが私の人生の大きなキーワードとなっています。
私は小学生の頃にアメリカやスイスに住んでいて、多様性や多文化に触れる機会を持ちました。それ自体はすばらしい経験でしたが、同時に人種差別を受けることもよくありました。当時のアメリカとヨーロッパはまだ白人至上主義的な伝統が色濃く残っていて、「アジア人=バカにしていい」という社会の雰囲気があったのです。
小学生低学年の頃に、公園で同い年くらいの白人の女の子たちに囲まれてアジア人を見下す言葉とともに唾をかけられたりもしました。このときに感じた、社会的に平等ではない立場に立たされた気持ちが、私の中の原体験として強く残っています。
差別や偏見にさらされている人をさらに追い詰めるような社会は絶対におかしい。また、個人としても、弱い立場の人を救っていきたい。物心ついたときからずっとこういう思いを抱えてきました。
「非科学的な偏見」で苦しむ親子を救う
そして私は今精神科の中でも、小児精神科という分野で研究をしています。実は、子どもの精神科領域は、科学的根拠のない差別や偏見、思い込みだらけなのです。
たとえば少し前まで、子どもが自閉症になるのは「冷たいお母さんの態度のせいだ」というような、根拠のまったくない説が公に語られていました。現在の医学界では、当然否定されていますが、一般社会では、まだそういった説も広く信じられています。
他にも、私の専門である子どもの気分障害に関しても、「子どものうつ病や躁うつ病は存在しない」という人もいます。
苦しんでいる子どもたちを見て、第三者が「親の間違った教育のせいだ」という偏見の目を向ける。そうしてその親たちも、「自分たちのせいだ」と思い悩んでしまう。非科学的な偏見により、辛い立場にいる親子がさらに苦しんでいるわけです。
これらの病気や症状は脳科学的な研究がかなり進んでいて、発症のメカニズムなども少しずつわかるようになってきています。
しかし、間違った偏見が溢れていることで、真に苦しんでいる人が必要な治療や信頼できる情報にたどり着けないことがよくあるのです。そこで、私は研究者として、精神疾患を抱える子どもたち本人とその家族の負担を軽くする研究をし、精神疾患に関する正確な理解を広めていきたいと考えています。
そうすることで、幸せに生きる子どもたちを1人でも多く増やしたい。これが私の「社会正義」なのです。
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