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山内マリコと柚木麻子が語り尽くすユーミンと創作の舞台裏

デビュー50周年を迎えたユーミンこと松任谷由実さんの荒井由実時代を描いた小説『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』をめぐって、著者の山内マリコさんと作家柚木麻子さんの対談をお届けします(NHK文化センター青山教室にて2023年3月19日収録したものを再構成)。二人は作家デビュー前からの友人で、互いの作品について助言し合う仲。また柚木さんも以前よりユーミンと親交があります。「ユーミンの連絡はいつも突然」「ユーミンは巨大ハイブランド経営者」など、二人にしか語れないユーミン論から創作の舞台裏まで、話は縦横無尽に広がりました。

ユーミン「久兵衛とキャンティどっち行きたい?」

柚木 『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(以下、『小説ユーミン』)面白く読みました。ユーミンの楽曲がどう作られたか、絵を描くことと音楽がどう結びついているか、デビュー前の荒井由実時代からユーミンは、のちにYMOになるような才能溢れる人たちと一緒に遊んでいるのだけど、その人脈はどんな風にできたか、SNSがない時代に最先端の海外の音楽をどう取り入れてきたかなどなど、この一冊で全部わかってしまう。山内さんはそうしたことを、ユーミンがすれ違ってきた女の子たちへの愛情の視点も踏まえながら、胸に迫ってくる描写で小説にしている。優れた文化史としてもとても面白く読みました。
山内 ありがとう! 柚木さんも実はユーミンと以前より仲良くされていますね。ファーストコンタクトは雑誌「フィガロジャポン」(2015年)での対談?
柚木 盆と正月が一緒に来たくらいの大騒ぎでした。一番おしゃれなスタイリストの友達に服を選んでもらって2週間くらい前からイメージトレーニングしたうえで神様に会いに行くような気持ちで臨みました。対談では何を話したか全く記憶がないくらい緊張しましたが、終わったあとユーミンが「久兵衛とキャンティどっち行きたい?」って。「キャンティ!!」と腹の底から応え、夢のような時間を過ごしました。
山内 キャンティというのは、ご存知の方も多いと思いますが、飯倉片町にあるイタリアンレストランで、名だたる文化人、ミュージシャンたちが通っていた伝説のお店です。ユーミンといえばキャンティ。

ユーミンの連絡はいつも突然

柚木 さらに翌日、なんとユーミンが私の自宅のすぐ近所に来て「お酒飲もう」と誘ってくれた!! その時ユーミンはこう言いました。「あなたの周りで、絶対会わせたいっていう同世代の女の人のクリエイターを今すぐ一人連れて来て」。真っ先に山内マリコが思い浮かんだけど、なぜかその時、神に打たれたかのように雨宮まみさんを呼ばないと後悔すると思った。それで心の中で「ごめんねマリコ」と呟きながら、雨宮さんを誘って、私たちはユーミンととても楽しい時間を過ごしました。言い訳になってしまうけど、どこかでちょっと、山内さんはほっといてもユーミンと仕事しそうと思って、本当にそうなりましたね。
山内 その時のことを、雨宮さんは「40歳がくる」というweb連載で書いてます。今はもうサイトがなくて読めないのですが、ユーミンと都会というキラキラしたイメージを雨宮さんが体感してるのが伝わってくるめちゃくちゃいいエッセイでした。
柚木 ユーミンがその日持っていた高級バッグには「FEMINISM」と書いてあった。雨宮さんが反応したのを覚えています。
山内 それって2015年とかでしょう。早い。すごく早い。
柚木 早いよね。
山内 柚木さんと私は一歳違いで、デビュー前から同じ文学賞に応募したりする仲ですが、主にフェミニズム的主張をする時に手を組むという癖がありまして。
柚木 はい、そういう癖があります。
山内 フェミニズムのことを出来るだけポジティブに明るく伝えたい時に絡むと楽しい。大きくは、「エトセトラ」というフェミニズム出版社から出ている雑誌で、2019年に田嶋陽子先生を神輿に担ぐ号の責任編集を一緒にやりました。

あと、去年(2022年)4月には性暴力へのステイトメントを発表しましたが、その文責を二人で務めています。

柚木 真面目なことになると組む、でも普段はカラオケ。そういう関係性です。

普段はカラオケ、の関係性です

柚木 ユーミンの話に戻りますね。そのあともう一回だけユーミンが誘ってくれたことがありました。ホテルオークラから突然の電話で「あなたの友達を一人連れて来て」と言われました。A子ちゃんという中学からの友達がユーミンの大ファンで、好きすぎて中央フリーウェイのビール工場でアルバイトしたことがあるくらい。A子ちゃんの家に「今からオークラ来れる?ユーミンが会いたいと言ってる」と電話して。私たち一緒に久兵衛でお寿司を食べさせてもらいました。ユーミンの連絡はいつも突然。それが『小説ユーミン』に出てくる女の子と似てます。
山内 似てるね。
柚木 わしらのような者に突然声をかけて、夢の世界を見させてくれる。立教女学院の女の子たちがみんなユーミンに熱い目を向けていた気持ちが私にはすごくわかるんですよ。
山内 柚木さんは『けむたい後輩』という小説を書いてますが、そこに出てくる才能溢れる女の子のキャラクターはユーミンがモデルだって、「フィガロ」の対談で柚木さんユーミンに語ってます。

松任谷 私も女子校だったからわかりますよ。ただ、柚木さんの小説にも出てくるけど、女子ってグループをつくるじゃないですか。私はそのどれにも属さない人間ではあったけれど。
柚木 ですよね。そうに違いないと思っていました。松任谷さんは特別な子です、やっぱり。私の『けむたい後輩』に出てくる真実子ちゃんみたいな女の子だったんだろうなと勝手に思い浮かべていました。誰からも好かれて、どこでも行って、本人は意識していないのに世界を変えてしまうような女の子。 

松任谷由実『ユーミンとフランスの秘密の関係』CCCメディアハウス

柚木 『小説ユーミン』には立教女学院時代のクリスマス会が出てきますね。ユーミンと一緒にミュージカルをやった優等生のクラスメートにとって、ユーミンという天才と一緒に過ごした時間は美しい青春の1ページになっている。ユーミンが何気なく口にしたことがクラスメートの人生を変えてしまうとか、のちに美しい思い出として残るとか、山内さんの描き方が優しくて。
山内 あら、恐れ入ります。

ユーミンの歌には全てが詰め込まれてる

山内 この小説はユーミンのデビュー50周年に合わせて刊行しましたが、実はそういう作品がもう一冊ありまして。それが柚木さんも参画した『Yuming Tribute Stories』。昨年(2022年)夏に出ました。新潮文庫。
柚木 その企画の裏話をしていいですか?
山内 してして。
柚木 6名の作家が、それぞれが選んだユーミンの楽曲から想起する物語を書くというアンソロジー企画です。錚々たる人たちの中に私がいるのがおかしいですが。
山内 そんなことないよ。小池真理子先生、桐野夏生先生、江國香織先生でしょう。そして綿矢リサタンとユズコ、川上弘美先生。柚木さんは、私も好きな「冬の終わり」を選んでいます。
柚木 私と山内さんはすごいテレビっ子で、その私たち二人がすごく好きなドラマが「その時、ハートは盗まれた」です。北川悦吏子先生が脚本を書かれた学園ドラマの金字塔。そのドラマの主題歌が「冬の終わり」なんです。
書き終えてから綿矢さんに「難しくなかった?」と尋ねたら、綿矢さんも「思ったー!!」って。正直、ユーミンの歌には主人公の生い立ちから考え方、ファッションまで、その日の湿度、季節、景色、アイテム、全部書いてあるから小説を書く必要がない。
山内 歌で完結してるんだよね。
柚木 完結してるので、いじれない!アンソロジーのお話は嬉しくて引き受けたのは良かったけど……。まあ、そんなわけで昨年から今年は文芸の世界でユーミンが花盛りです。

ユーミンは『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ

柚木 そもそもどういう経緯で山内さんがこの小説を書くことになったか、そのあたりを。
山内 作家デビューして昨年が10年目でした。作家性とか自分が描きたいもの書きましたというのと少し違うプロの仕事として、ユーミンの少女時代を小説で描くという仕事を引き受けました。なかなか会えない人だから、せっかく話を聞けるなら、ユーミンの意図をちゃんと受け止めフィードバックして小説として完成させたいな、と。
柚木 作家はジャーナリズムの場によって磨かれるって、最近読んだ本に書いてあったよ。まさに『小説ユーミン』にはジャーナリズムの側面もありましたね。
山内 最初にユーミン本人にお会いした際に「『風と共に去りぬ』みたいに書きたいです」とぶち上げて、ユーミンが?? ってなってました(笑)。でもそれってあながち間違いでもないんですよ。
柚木 うん、間違ってないと私も思う。
山内 強いヒロイン、ユーミン、スカーレット・オハラともに裕福なお家に生まれている。お家を裕福にしたのはスカーレット・オハラの場合は綿で、ユーミンの場合は絹。アメリカ南部の綿を支えたのは黒人奴隷制度で、日本の絹産業を支えたのは日本の女性労働者たちだった。『小説ユーミン』の物語の構図は『風と共に去りぬ』にはまると思いました。
柚木 マーガレット・ミッチェルはおばあさまから聞いた話として、少し引いた視点からその時代の面白いところを描いています。その点も『小説ユーミン』の山内さんの立ち位置と通ずる。
山内 「生まれて最初の記憶はなんですか」「山形でヤギのミルクを飲んだのよ」「ふむふむ、おいしかったですか?」みたいな感じで順を追いながらユーミンから話を聞いていきました。
柚木 ユーミン実家の呉服店の描写、良かったです。ワクワクした。江戸時代から続いている日本の商売形態と、新しい洋服の文化が交差するでしょう。ユーミンの美意識や感覚を作る上で重要な舞台だったってことがよくわかりました。山内さんは実際にこの呉服屋さんに行かれたんですよね?
山内 行きました。八王子にある荒井呉服店。ユーミンに案内していただいて、ちょうど夏だったので浴衣をユーミン様にお見立てしてもらった。その時の写真は私のインスタにあげてるので見てください。浴衣はもちろん自腹で買いましたよー(笑)。

ユーミンの才能の背景にある物語を書き込む

柚木 ユーミンって小さい頃からいろんな習い事をやっていますよね。
山内 昭和の高度経済成長期、日本に余裕があった時代の特に大店というのは、地域の文化センターみたいな役割を担っていました。呉服屋さんの二階の広い座敷は、荒井呉服店に限らず、習い事や出稽古に使われることが多かった。ユーミンも日本舞踊を習い始めるけど、お母様が「踊りはやらなくていい」と(笑)。
柚木 あのお母様のキャラクターいいですよね。粋でいなせ。
山内 正真正銘のモガですね。大正時代の八王子で、「よっちゃん」こと芳枝さんは赤い自転車をぶっ飛ばしていたそうで。ユーミンママのシーンから小説を始めようと当初構想したくらいお母様の印象が強い。
柚木 その始まり方いいね。
山内 ユーミンみたいな大きな才能はある日突然誕生するのではなくて、初代、二代目が築いた歴史があって生まれるもの。ちょっと嫌な話になりますが、特に音楽の才能を開花させるには文化的なベースがないと難しい。ユーミンが生まれながらに文化的な場所で音楽に触れて育ったのは、遡れば、お母様がそうしたセンスの持ち主だったからで、お母様が大正時代の最先端ギャルだったのはおじい様が商いを興したから……そうして辿っていくと、どうやら江戸時代には江戸城で御納戸役みたいな、着物を管理する仕事に就いていたお家のようです。背景にある膨大な物語やルーツも小説に描き込んだつもりです。
柚木 景色が浮かび上がってくるのがエモいというか、胸に迫ってきました。切なくて綺麗な景色がいっぱい描かれている。特にお母様とユーミンが八王子から東京に向かってお買い物に出かけて行くシーンとか、山内さんにしか描けない景色だと思いました。

小さな上京を繰り返したユーミン

山内 私はもともとも富山という地方出身者で、しかも田舎の公立校に行っていたから、ユーミンの世界とかけ離れている。ただ少しだけ似ているのが、東京への距離感。ユーミンは八王子という、東京だけど多摩川の向こう側に生まれ育っているので、都心に出るのは1時間かかるんですよね。子供の頃はお母様と一緒に銀座界隈に遊びに出かけ、中学になると今度は自力で行くようになる。これって、いつも小さな上京をしていたんだと思いました。都心が地元ではないからこそ、上京者特有の、キラキラした都会に憧れる気持ちを、実はユーミン自身が持っていたんじゃないかって考えました。今はもうユーミン=ザ・東京みたいな存在ですが、荒井由実に限れば、私自身と重なるところがあると思った。
柚木 ユーミンが夜遊びを終えて八王子に帰ってくる描写がまたすごく素敵で。
山内 ありがとうございます。多分多くの人にとってそうだと思いますが、生まれ育った町には自分を知ってる人がたくさんいて窮屈な感覚があると思うんです。都会に出ると、「地元の由実ちゃん」から切り離された個人になる。その心地のよさについて、ユーミンは「エトランゼみたいな感覚があった」とおっしゃっていました。ユーミンにとって都会は解放的で、いろんな場所に行ける。もちろん、行動力あってこそ。ユーミンはいろんなところに主体的に行ける、心のパスポートを持っている女の子だった。
柚木 ユーミンのフットワークの軽さは半端ないよね。
山内 以前映画にもなった『あのこは貴族』という小説を書いた時にエスカレーター式の私立に通うお嬢様階級を取材したんです。そこで彼女たちの活動テリトリーの狭さに気がついた。
柚木 そう、その通りです。
山内 取材させてもらった幼稚舎から慶應の男性曰く「池袋はNYより心理的に遠い」とも言ってました。そのくらい、都心に育つ人たちには「あそこから先は行かない」という心理が働く。作詞家の松本隆さんの「風街」だって麻布・青山界隈のごく狭いエリアを意味している。確かに私も地元に帰れば「あの産業道路から先は行かない」という意識があるし(笑)。ユーミンは八王子出身だからこそ、都会をどんどん自分のテリトリーにして渡り歩けた。
柚木 そんなユーミンが一人存在するだけで、米軍基地の最新レコードがGS(グループサウンズ)に渡ったり、世界最先端のミュージカルHAIR !が立教女学院の女の子たちの間で再現されたり、絶対に交わらなかった世界がつながっていった。この気持ちよさ。
山内 そのかっこよさ!
柚木 本人は楽しんでるだけ。なんならちょっとだるいくらい。かっこよ!

青春のスモールサークルがポップシーンの礎に

山内 ユーミンからお話を聞いていると、ユーミンってスケーターの少年みたいだなだと思って。駅前でスケボーに夢中になってる男の子たちっていますよね。ユーミンの場合は音楽ですが、無心で好きなことに没頭する少年の雰囲気がある。
柚木 わかるー。
山内 邪念がない。ユーミンはみんなが知ってる存在だから、どういうキャラクターとして描くかが課題だったけど、私はユーミンの心の中に雲ひとつない青空が広がってる感じを描きたかった。少年特有というか、なにかに夢中な少年に対して、私が抱いている憧憬ですが。
柚木 高橋幸宏さんの家に行くシーンとかもいいよね。ユーミンにいつだったかYMOの話を聞いたら、「幸宏くんはロックだよね、細野くんもいいよね」って。当時、ユーミンは少しだけ年齢が若いけど、すごく頑張って仲間になるとかじゃなくて、気づいたら大岡山の幸宏さんの家にまで行ってしまってる。
山内 幸宏さんのお兄さんの信之さんが、ユーミンが追っかけしてたGS「フィンガーズ」のリーダーだったからね。
柚木 お家に遊びに行くうちに、あの子面白いみたいになって。そうやって日常の中で芽生えた好奇心から音楽史が変わっていく気持ちよさ。
山内 すごいスモールサークルなんだけど、新しい文化が生まれる時はそうなのかも。印象派とかもみんな友達だしね。ユーミンはのちにキャラメルママと出会うけど、そのキャラメルママははっぴいえんどから派生してて、細野さんももともとの知り合い。スモールサークルの中でその後の日本のポップシーンを築いていくメンバーが出会っている。そういうこともこの小説で描きたかったことの一つです。

ユーミンは西洋音楽の申し子

山内 『小説ユーミン』は冒頭、こんな感じで始まります。

  夜明けとともに海の向こうから、新しい音楽がやって来た。
  軍楽隊の鳴らす吹奏楽、クラシックの妙なる調べ、そしてジャズ。
  明治、大正、昭和ーー。西洋の音楽はこの国に浸透していく。
  さて、一九五四年一月十九日。
  一人の女の子が生まれた。

『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』より

山内 開国以来、日本人は和の音楽と西洋の音楽を融合させようと格闘しているのですが、戦後ジャズブームが起きても、完全には歌謡的な日本のリズムやメロディから脱却しなかった。そこに現れたのがユーミン。生まれた時から洋楽を浴びて育ったユーミンは本当の意味で西洋の音楽を吸収して、ポンと新しい音楽をアウトプットした。それがJポップにつながっていく。その流れを描きたかった。
柚木 ユーミンがコード進行に気づくところ、あれびっくりしました。コード進行を知らなかった時代の人が気がついたってことでしょう?
山内 そこは本人から直接聞いたわけではないの。プロコル・ハルムの「青い影」を聴いたユーミンが、それまでクラシックしかやってないのに、「あ、私も曲をつくれるかも」と思ったと話してて。それってどういうことだろう? とミュージシャンの網森翔平さんに訊いてみたんです。彼は東京藝大を出て音楽理論に詳しいので、「クラシックは綺麗なメロディの型が全部決まっているけど、ポップスはコードさえあればいける、コード進行に閃いたんじゃない?」と教えてくれた。プロコル・ハルムの「青い影」自体がバッハの「G線上のアリア」をもとにしているんですよね。クラシックをポップスに変換するプロコル・ハルムに、ユーミンは触発されて音楽づくりを始めます。
柚木 すごいね。
山内 すごいのよ。天才っているんだなーと思った。
柚木 ユーミンは絵をやってるけど、それも音楽に活きてくるじゃない。コード進行もそうだし、絵もそうだし、凡人にはわからないことをユーミンは会得していく。山内さんはユーミンの頭の中で何が起きているのかをスケボー少年ベースで描いてくれるからわかりやすかった。共感覚のことも初めて理解できたし。
山内 ユーミン本人がここまで系統立てて話してくれたわけではないのだけど、お話を拾っていくと、どうやらユーミンの持っている共感覚は単音ではなくコードになった時に現れるようだとわかってきて。このコードだとこういう色、このコードだとこの色っていう風に。共感覚の本を何冊か読むと、たとえばゴッホも絵をやり始めたのと同時に自主的にピアノを習っていたり、共感覚を持っている指揮者が「もっと青く」みたいな指示を出していたりっていう記述もあったので、絵と音楽的なもののつながり、音と絵画的なもののつながりがあるんだと思いました。ご本人が意図してないところで、培った絵のセンスが音楽に活きてる。あと、ユーミンに「なんでアートスクール行きたかったんですか」と訊いたら、「アートスクールに行ってるブリティッシュのミュージシャンかっこいいなと思ったから」と。そういうちょっとギャルっぽい感覚もいいですよね。

ユーミンは巨大ハイブランド経営者

山内 才能を描くのって難しくない?
柚木 難しいよ!! 凡人の目から見た才能は描けるけど、主人公目線で才能を描くのはすごく難しい。
山内 どこらへんに才能があるかとか、何が特出しているかを表現するには理由が必要で。理由を描かないと才能の巨大さがボンヤリしちゃう。
柚木 ユーミンの才能を可視化した人は、山内さんが初めてだと思うよ。私にはユーミンがすごいのはわかるけど、どうすごいのか、この小説を読むまでわからなかったもん。ユーミンはあらゆるアートをやってきた共感覚の天才。その作品は短編小説であり絵画であり、音楽であり、香水のようであり、食べたことがないような美味しい料理のようである。そういうことなんだと思います。
山内 その天才が女性というのが大事なポイントです。古今東西、女性の天才は、どんなに才能があったとしても、ほとんどが潰されてきた。
柚木 そして死後評価される。
山内 そうそう。まだ知られていない潰された女性の天才も、たくさんいると思う。そういう事例がすごく多いなか、ユーミンは逆に、ものすごく若くしてデビューできた。しかもデビューにあたっては、あまり指摘されないポイントだけど、コネクションを全部自分で作っている。これすごく大事なポイントです。自分の才能を売り込める場に、自分を連れて行けてる。印象に残っているユーミンの言葉としては、ご両親の働く姿を間近で見ていたから商売とはこういうものだ、暖簾を守っていくことの重要さが骨身に沁みていたって。音楽の才能とビジネスの才能は別のものだけど、家業を見ていたから、ビジネス感覚も培えていた。
柚木 繋がりましたね。壮大な人生の伏線。
山内 ユーミンは、ユーミンという一人のトップスターを自分と切り離して、ブランドとして切り分けてますよね。だから50年もハイブランドをやり続けていられる。ミュージシャンのほとんどが短命じゃないですか。本当のトップでいられる期間は極めて短い。でもユーミンは、ユーミンという巨大なハイブランドをずっと経営しているんです。それは商売をしてきたご両親の姿を見てきたからこそ。
柚木 これだけの才能があれば、他になんでもできるのに。
山内 一生遊んで暮らせるのに、曲を書き続けてツアーを回り続けて、過酷なことをずっとやっている。育ったお家の環境は大きい。

「やさしさに包まれたなら」と20世紀少女

柚木 お父さんの影が薄いのも面白かった。若草物語くらいに薄かったね。いるにはいるけども……みたいな。お母さんの影響が大きいからかな。
山内 ユーミンに計3日間がっつり話を聞いたんですけど、1日目の最後に「お父さんのエピソードありますか?」と聞いたら一つも出てこなかったの。あれどうしよう……みたいになってしまって(笑)。お父様はユーミンのお祖父様が縁を結びお家に入ってもらった婿養子なんですよね。高度経済成長期に店を大きくした、仕事一筋の二代目。2日目の取材では、そんなお父様のワイルドな料理の腕前のこととかいい話もいろいろ聞けたけど、ユーミンの人生に与えた影響となると、やっぱりお母様が勝ってしまう。
柚木 こういう爆裂な才能を持った子は得てしてパパの影響があったり、パパへの憧れがあったりするものだけど、ユーミンの家はママがめちゃめちゃ強かったから、それがプラスに出たかもしれませんね。パパの顔色を伺わなくてもいい、みたいな。
山内 本当にそう。ユーミンママの芳枝さんには兄弟がいたけど、早くに亡くなっているから、一人娘。当時の一人娘って、いわば長男なんですよね。
柚木 わかるわかる。
山内 実質長男として育っているから、商売もできるし才覚もある。その旦那としてお祖父様に見込まれたお父さんも経営側としての才能がある。
柚木 頭のいい方ですよ。きっと。
山内 そうやってビジネス繋がりが深い両親の元、女系が強い芳枝さんがお母さんとしてお家の中で生き生きと商売に打ち込む姿を見てきたから、ユーミンも仕事をする上で自然とそういう振る舞いが身についたのかなって。
柚木 『すべてのことがメッセージ』というタイトルが効いてきますね。ユーミンが経験したことのすべてがつながってくる。
山内 このタイトルは版元のえらい人がつけました。ユーミンの名曲「やさしさに包まれたなら」を思い浮かべるフレーズからです。私が当初考えた案は表紙のカバーをぺらっとめくったところにあるこちら、「20th century Girl」。ユーミンは20世紀少年ならぬ20世紀少女のイメージだな、と。「20世紀少年」とはT・レックスの歌で、浦沢直樹さんが漫画を描いていたりアイコニックなタイトルですが、今のところ少年しかないので、ユーミンこそ20世紀を代表する少女として裏にこっそり忍ばせてます。
柚木 忍んでる忍んでる。

表紙を外すと「20th century Girl」が出てきます

ホコリをかぶった資料をひもといて

山内 ここから取材ものの小説の書き方について話をしていきたいです。『小説ユーミン』はユーミンという実在の人物の少女時代の小説ですが、柚木さんも『らんたん』という小説で実在の人物を描いていますね。
柚木 はい。私は中高が恵泉女学園という女子校で、ものすごく愛校心があるわけではないのですが、ある時、創立者の河井道に興味を持ちました。河井道自身の知名度はないのに、広岡浅子、津田梅子、村岡花子といった当時の華々しい人たちと並ぶ写真が残っていたり、歌人の柳原白蓮が恵泉で教えていたり、河井道の周囲に朝ドラオールスターズが集まっていると気づき。で、小説を書こうと思いつきました。
ここで私と山内さんの大きな違いがあって、山内さんにはユーミンというみんなが知ってる有名人、かつ今も現役の人を書く難しさがあったと思います。私の場合は歴史上の人物にもかかわらず誰も彼女を知らない。ただし、平塚らいてうの本にも、吉屋信子の本にも、新渡戸稲造の本にも、有島武郎の日記にも、野口英世の日記にも、河井道は登場する。要はあの時代のありとあらゆるセレブの記録に一行だけ出てくる謎の人物なんです。
というわけで、偉人の本を全部読んで洗い出し、母校に残された資料と結んでいく作業が始まりました。たまたま子どもが生まれたばかりだったので、先生たちがお守りをしてくれている間に資料を調べていきました。
『らんたん』の場合、母校の関係者たちは河井道を偉人として世に出したいと思い、私はゴリゴリのエンタメにしたい。このせめぎ合いが大変でした。女の人の銅像ってそもそも少ないから、世に出すなら完璧な突っ込まれない形で世に出したいというのが学校側の考え。でも私は突っ込まれていいから面白い方がいいという立場。先生たちのゴーが出るギリギリのところですね。山内さんにもそういう大変さがあったんじゃない?
山内 ユーミンファンに突っ込まれないよう事実関係はしっかり洗ったり。あと最初にこだわったのが、登場する有名人をきちんと実名で書くこと。たとえば細野晴臣を細田晴彦にしたりとか、変に誤魔化して逃げたくはなかったので、みなさんからOKを貰えるような作品にしないといけない。そこが地味に大変でした。
柚木 わしもわしも。遺族のみなさんにアクセスするところから始めた。とはいえ遺族がOKと言ってくださっても、学校資料室が「我々が河井道の名前を守る」とみなさんポリシーがあり、それが恩師となると、私としてもそう好き勝手には書けなかったり。でもそれがかえってよかったのかも。
山内 私の場合はそれがファンの皆さんで、怒られないようにって(笑)。
柚木 怯えながらも面白くしたいじゃないですか。あとやっぱり調べててワクワクするようなことを知るとそれを描きたくなる。たとえば津田塾を作った津田梅子って鬼のように厳しかったそうで、それで河井道をはじめとするまわりの人は違う活動をやらざるを得なくなる。独自に雑誌を作ったり、学校を作ったり。そうして河井道は恵泉をつくった。もし梅子がここまで厳しくなかったら恵泉はなかった。そうした人の欠点とか、今見たらえっと思うことが、意外とプラスに働いたり、逆に達成できてないことがまだあったりというのが面白くて。山内さんも調べてて楽しいことがいっぱいあったんじゃないですか。
山内 すごく楽しかったです。執筆する机とは別に資料を並べられる机を用意して。ファイルだけでも20個くらいはあったかな。ユーミンはもちろんだけど、GSのグループごと、タイガース、スパイダースとか、人物ごとに年表も作って。たとえばタイガースをいつユーミンが見てるかとか、時代の空気は刻々と変わるので、ずれると大変。

山内マリコさんの仕事部屋
『小説ユーミン』ファイルは20以上。手書きの細かい情報と年表が並ぶ

柚木 私の方もアヴェンジャーズみたいに有名人をずらっと並べたいと思って、年表上で点を結んでいくわけです。教会には古い資料がたくさん残されているので、キリスト教関係の雑誌で対談しているのを見つけては年表に書き込んだり。ところが昔の人は割とすぐ死ぬし、外国行くと数ヶ月帰ってこなかったりするので、オールスターが並ぶ図がなかなかできない。あと小田急線の年表が意外にも重要でした。恵泉は小田急線沿線だからこの時期小田急線走ってる? 走ってない? といった確認とか。

『らんたん』執筆のために柚木麻子さんが作成した巨大年表
「面白いことを知るためには興味のない資料もしっかり読み込む必要がある」と柚木さん

山内 インフラ重要ですね。私も地図片手に八王子の街を歩いて、ユーミンの話を地図に落とし込んでいきました。たとえばユーミンって、芳枝ママに連れられて小さい頃から映画館に通っています。猥雑だって裁判沙汰にもなった「黒い雪」のエロいポスターが闇市みたいな通りに貼ってあったとユーミンが言ってたので、それも地図に書き込んだり。調べていると、面白いことがたくさんありすぎて、あれもこれも書きたくなってしまい、最終的に泣く泣くかなりを刈り込みました。

山内マリコさんお手製の八王子MAP

柚木 ミニマムにまとめているのがいいと思う。それに刈り込んだ部分も行間に流れている感じがある。
山内 そう言ってもらえると嬉しいな。

身体性に注目することで見えてくる人物像

柚木 面白いのが津田梅子と広岡浅子あたりだと資料がたくさん残ってて、津田梅子が教師になる前に本当はなりたかったカエルの研究リポートを読めたり、広岡浅子が慈善団体に寄付した額がわかったりする。それは津田塾と大同生命という太いバックがあってこそ。逆にバックがないと、いくら面白い人も世に出ることなくホコリを被ったまま埋もれていく。
山内 私の方はネットをかなり駆使しました。テレビ番組の「勝ち抜きエレキ合戦」とか「ヤング720」の記憶など、みなさんブログに結構大事なことを書いてくれているので。もちろん裏どりもするんだけど、人のブログではじめて知る情報は多くて、とても紙資料だけでは書けなかった。
柚木 あと大事なのは身体性ね。河井道ってよく食べる、人たらしなパワフルな女性だったんです。身長が165で、当時としては大女ですよね。声もめちゃめちゃ大きくてどこに行くにも目立った。こういうところが人物を描く上で参考になりました。彼女が持ったトランクを実際に持ってみたり、彼女が150歩で歩いたところを実際歩いてみたり。重いものを軽々持って活動できる丈夫で元気な人だったんだろうなって。当時このくらい背丈のある女性が生きるのはどんな感じだろうってイメージをふくらませていきました。

恵泉女学園創立者・河井道の持ち物を実際に手にしてイメージを掴む

柚木 ユーミンの場合は実際に動いているからこその難しさもあるよね。
山内 身体性でいうと、当時のユーミンを知る人が口を揃えて言っていたのが、「ユーミンはスタイルが良かった」。
柚木 ですよね。
山内 私たちも若い子を見て、世代の差を感じることありますよね。骨格って、世代によってすごく変るから。ユーミンも、それまでの日本人の体型とは圧倒的に違うスタイルの持ち主だったから、みんなその印象が残ってるんだと思います。すらっと細くて背が高くて、脚がまっすぐ長く伸びてて、ちょっとアンドロジナスというか少年っぽいみたいな。なおかつおしゃれという。
柚木 女性の身体性に注目するのはあまり良くないけど、とはいえ結構大事で。河井道はでっかいから洋装が似合うし、丈夫だから船旅の後も元気。アメリカに行って初めてロックフェラー宅に招かれた時も美味しい美味しいって出されたものを食べちゃう。反対に津田梅子は小さくて、肌も髪もすっごく柔らかそう。繊細で体が弱いから異国の生活は大変だっただろうなって。一生懸命気を張って正しく生きようとするから厳しい人になっちゃったとわかるんですよ。反対に河井道はどこに行ってもワハハだから好かれる。
山内 胃袋が丈夫って大事だな。
柚木 これ道先生が着てた服。可愛くない?

河井道先生が大事にしていたツーピース

山内 可愛い、ハイカラ!
柚木 この肩のイカリ具合。
山内 イカってるね~。
柚木 これと履き潰した靴を見ると、河井道がいかに現代的な人だったかわかる。この服は河井道がアメリカの名門女子大ブリンマーで同じ部屋だった女の子が作ってくれたもので、遥かアメリカからまず布が届き、好きな布を選び、次にボタンが届き、ボタンを選び、型紙起こしてって、何回も海を渡ってできた服だそうです。買えば早いのに、それでも彼女は作ってあげたかった。当時アメリカで流行ってた服を身につけることは河井道にとって自分がアメリカに通じてると示す印籠になった。

ユーミンは『小説ユーミン』をどう読んだか

柚木 ユーミンは『小説ユーミン』をどう読んだのか、気になるところです。
山内 それが大絶賛だったんですよ。原稿を渡したら、すぐに移動中の新幹線で読んでくれて、なんとキャンティに招待してくれました。こちらはゲラ持参で、どこを直さないといけないかとドキドキしてたんですが、「直して欲しいところは3つ」みたいな感じで、まず3つしかないことに驚愕。しかもどれも事実誤認の範囲内。ユーミンくらい規模が大きいスターは細部まで自由にやらせてくれるということですね。
ユーミンがこの小説をどう読んだかは、こちらに文章で寄せてくださってます。ぜひ読んでください。

山内 そうそう、小説の中にユーミンの歌詞をちりばめているの気づいていただけてますか? 
柚木 え? どういうこと?
山内 たとえば「さやエンドウの筋を剥く」とか、「プティオニオンのみじん切り」とか、ユーミン初期の荒井由実時代のアルバムの曲を書き起こして印象的な言葉を小説にちりばめているの。ユーミンの歌詞っぽい雰囲気があるといいなと思って。
柚木 文体がユーミンの歌詞の世界の延長みたいな感じがしたのはそのせい? ユーミンの世界観があるよ。すごい。
山内 たとえば車の「フロントグラス」なんて校正さんから「ガラス?」とチェックが入るポイントだけど、「これはユーミン用語なのでそのままで」と押し通しました。そんなことも楽しみながら読んでいただけると嬉しいです。

(NHK文化センター青山教室にて2023年3月19日収録したものを再構成)

Special Thanks to Asako Yuzuki

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