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やるせなくて、ちょっとエッチで、絶対的に肯定される世界がここにあるー『深夜、生命線をそっと足す』(燃え殻/二村ヒトシ)

好評発売中の『深夜、生命線をそっと足す(燃え殻/二村ヒトシ)のレビューが届きました。評者は占い師の真木あかりさんです。

真っ昼間、運命線をメチャクチャに足す

占い師として手相を見るようになるずっとずっと前のこと、書店で「欲しい手相は描けばいい」的な内容の本を見つけたことがある。代理店でのプレゼンを直後に控え、徹夜でぼうっとした頭が一瞬で冴えわたった。金色のペンで理想の手相を描けば、運命が変わるのだという。これだと思った。当時の私は骨の髄まで疲労が染み渡っていた。毎日明け方まで働いても終わらない仕事、ままならない恋。こんなドブの中みたいな人生はもう嫌だった。運命を変えて、人並みになるのだ。

深夜、生命線をそっと足す』は、作家の燃え殻さんとAV監督の二村ヒトシさんによる「夜のまたたび」というラジオ(編集部注・AuDee配信)を書籍化したものである。冒頭、燃え殻さんは多忙かつストレスフルな日々のなか、二村さんとのラジオの時間がいかに安心し、生きる意欲をつなぐものであったかを静かに語る。心にスッと隙間風が吹くときはアーカイブを流すそうだ──生命線をそっと、足すように。そんな燃え殻さんが得た“救い”を、追体験できるのが本書だ。

燃え殻さんは静かに生命線を足しているが、手相で一発逆転を目論む人間(注:私である)というのは見境がない。書店で手相本を見た5秒後にはレジに向かい、そのまま隣のカフェに駆け込んだ。そして手当り次第に手相を描いた。特に念入りに刻んだのが運命線である。もっと太く、もっと濃く。気付けば線は面となり、黄金の手のひらが完成した。ピンポイントでタイの仏像のようだと思ったが、なんだかいけそうな気がした。そして30分後、私はプレゼンで人々をどよめかせることになる。運命を変え──と言いたいところだが、残念ながら違う。手相を描いたことなどすっかり忘れ「この企画のポイントは5つあります」と、クライアントの前でパーの手をしたからである。

実際、黄金の手相で生きるのはなかなか骨が折れた。手のひらは意外と、見えるのである。名刺交換でも会議でも、どうしてもチラリと黄金の輝きが覗いてしまう。「ドラゴン・タトゥーの女」ならかっこいいが、「黄金の手相の女」はただの変人である。「なんですかそれ」「いやちょっといろいろあって」などとやり取りする恥ずかしさに疲弊し、1週間で挫折した。人生は変わらず多忙で恋はままならず、日々は疲労に満ちている。本には「描いた直後から運命が変わった」という人の話が多数載っていたが、私だけ例外だったのだろう。

深夜、生命線をそっと足す──過去と現在を自在に行き来しながら、話は多岐にわたって展開されていく。生と死、性と仕事、狂った自己、狂っているがちゃんと動いている世の中。二村さんは語る。「人間はみんな脆いし、いつ死ぬかわからないし、生きてる人はみんな偶然生き残っているんだなって心から思うよ」
先に旅立っていった友人たちの顔が、はからずも心を病んだ人たちの記憶が、ニュースで見た事件や事故の数々が脳裏に浮かぶ。どうして私ではなく、彼らだったのだろう。たまたまなのだ。「あなたが無駄に過ごした1日は、昨日死んだ人が切実に生きたいと願った1日だ」などといった名言を読むと、いつも「すみません」と思う。自分が恥ずかしい。だからしっかり生きなければと1000回くらい思っているのに、ちっともうまく生きられない。人とつながり、たまに恋愛があり、生活は続く。燃え殻さんは言う。「人の態度は突然変わる、っていうのが脳にこびりついてしまっている。さみしさを持っている前提じゃないと、生きてこられなかった」と。私も、そうだったと思う。

逃げて狂って依存して、完璧とは程遠い人生。それでも本書はSNSでバズるような「断言します。成功している人がやっていることは〜」的なアンサーは決して出さない。ただただ自己開示が行われ、それが肯定されていく。やるせなさやさみしさや、どうしようもない何かも肯定され、完璧ではない日々でも生きていいんだと思えてくる。それは「成功している人がやっていること10個」で自分をジャッジするよりも、よほど健康的なことだ。

やるせなくて、ちょっとエッチで、絶対的に肯定される世界がここにある。優しいだけじゃない、ときどき痛い。でもそれが決して嫌ではない──余韻を楽しみながら本を閉じると、深夜だった。生命線を足す時間だ。

黄金の手のひらで一発逆転を狙った数年後、私は占いの道に進んだ。人生は相変わらずドブの中のようで、ときどき思いつめたように爪で結婚線を刻んだりした。そんな私を見て、師匠は言った。「手相を毎日、見ておくといい。運命が大きく動くときは、数時間で線が変わることもあるから」と。手相は自分で思い通りに刻印するものではなく、経験や人との出会いから足されるもの──たとえばこうした、本との出会いによって。今頃になって理解する、不肖の弟子である。生命線が心なしか濃くなったような気がするのは、都合のいい妄想だろうか。でも、それでもいいような気がするのだ。

ちなみにどうでもいい話なのだが、本書を手にとってパラパラとめくった際、最初に目に飛び込んできたのは「チン毛」という単語だった。ビブリオマンシーという占いでは、パラパラと本をめくって無作為に選んだ単語から運勢を占う。チン毛の運勢とはいったい……「摩擦に負けるな」だろうか。困惑しつつも、思わずフフッと笑って脱力したことは確かである。やるべきことに追われ、張り詰めたような気持ちで過ごす日々が続いていた。毎日、錯乱しながら起床している。生きるのが下手なのとワーカホリックなのは、何年経っても成長しない。でもこうやってフッと心と体を緩めてくれる本に出会えたことは、間違いなく人生における幸福のひとつだろう。手のひらを黄金にして必死で幸福を願っていたあのときの思いが、どこかでどうかして今、叶ったのかもしれない。そっと足された生命線も、きっとどこかで役に立つのだろう。

本書の詳細はこちらより

プロフィール
真木あかり(まきあかり)
占い師。フリーライター兼会社員を経験したのち占いの道に転身、占星術や四柱推命、タロットなどの占術を使用し、執筆・鑑定を行っている。『タロットであの人の気持ちがわかる本』(説話社)、『2023年上半期 12星座別あなたの運勢』(幻冬舎)や「SPRiNG」(宝島社)、「SPUR」(集英社)など、著書・連載・アプリ監修多数。
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