『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』書評を紹介しますPart2
八王子から来た少女が圧倒的な才で生んだ自分だけの音楽––。小説で描く彼女の青春
J-POPなどという呼称のなかった洋楽全盛の頃である。あちらのロックでなければ夜も日もあけない。そんな若造たちのあいだでも荒井由実は別格だった。 どうしてユーミンだけは特別扱いされるに至ったのか。 本書を読んでよくわかった。
とにかく出来が違うからというのが答えである。 勉強しなくても学校の成績は抜群、ピアノと三味線を習い、幼時から母に連れられて芝居や映画を浴びるほど観る。 絵も得意で高校時代には東京藝大を目指す。
行動力がまた凄い。 中学時代、 GSに夢中になり追っかけとして活躍。方々のライブ会場やパーティーの顔となる。 加えて米軍基地の売店に通いつめ英米のロックの最前線を熟知。 そこで出会ったプロコル・ハルムの「青い影」にインスパイアされて作ったのが「ひこうき雲」だった。「青い影」を超える名曲と言いたいが、これを16歳で作詞作曲したのだから恐れ入る。早熟で、才能と教養に溢れ、天性の陽気さで人脈を広げながら、しっかり自己を打ち出していく。
デモテープ録音の際、ディレクターが感嘆して思わず洩らした「これ、なんていう音楽になるんでしょうね」という言葉が象徴的だ。 あらゆる刺激を貪欲に吸収しながら、少女は自分だけのジャンルを創始した。
これほど痛快な青春があるだろうかと興奮し、夢見心地を誘われる。 「小説」と銘打たれているのはだてではない。 当時の街並みや人々の風情が細やかに描かれ、昭和の日本映画を観ているような興趣がある。
作者は「あのこは貴族」で慶應の内部生が作るハイソサエティの特権性を見事にあぶり出していた。 それはユーミンが出会った最先端のロック青年たち―その後日本ポップス史上のレジェンドとなる―とも重なる。彼らの多くは名家の御曹司たちだった。
その閉域に「八王子という東京の周縁から」 臆せず飛び込んだところに荒井由実の強さがあった。 ユーミンとはすなわち越境の精神の化身なのだと、本書は鮮やかに伝えている。
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