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わずかなお金に向き合ったら「老後の不安」が「最高の今」に変わった! 「年金月5万」で「今がいちばん」と言い切れる理由

シングルマザーでありフリーランスとして働いてきた著者、紫苑さんの年金は月に5万円。お金を遣わなくても安心して暮らすための工夫の数々をブログに記すと話題となり、新聞やテレビなどで人気になりました。

本書はそんな紫苑さんが節約する生活の中で学んだ「お金」の話。お金に振り回されてきた人生を振り返り、「今がいちばん」と言えるようになった、その足跡を40の言葉とともにお伝えします。

たとえばこんな言葉。

「買えない」から「買わない」というマインドセット」

年金月5万円という生活の中では、好きなものを買える余裕も少なくなります。紫苑さんは本書の中で「買いたい」という気持ちをこう考えます。

ブログで節約生活を公開したところで、年金の金額は変わりません。高いもの、ほとんどのものは買えない。この「買えない」は心にわだかまりを作り、余計に「欲しい」を刺激します。人は天邪鬼(あまのじゃく)なところがあり、「買えない」となると「買いたい、欲しい」という気持ちが強くなるようです。買えない自分はかわいそうと惨めさにつながっていくこともあります。

(第一章 お金 散財という贅沢より節約という知財に)

紫苑さんはその「買いたい」という欲望を次のように変化させました。

そこで私は「買えない」を「買わない」にマインドチャンジしたのです。「買えない」の「え」を「わ」に変えることにより、お金がないから「買えない」ではなく、自分の意志で「買わない」、と気持ちを切り変えました。すると不思議なことに、欲求不満や惨めさより、自分の気持ちを自分でコントロールしているとの充足感に満たされていったのです。

自分の考え方一つで、同じ生活が楽しくも辛くもなる。言葉を変えることによって、考え方も自然と変わるのだと実感しました。以前は「本当に5万円で暮らしているんですか?」と聞かれると恥ずかしい気持ちもあったのですが、最近は「そんなに生活にお金はかかりませんよね?」と返すようになりました。「買わない」と決めることで、「生きるのにそれほどお金はかからない」と考えられるようになったのです。

(第一章 お金 散財という贅沢より節約という知財に)

気持ちを変えるにはまず言葉を変える。そこからお金への考え方も変わっていったそうです。

また紫苑さんは「少ないお金で生きること」を「分相応」と考えるのではなく、「福分」という言葉で、自分の幸せを捉えるようになったと語ります。

「分相応」より「福分」。背伸びせずに「福」を迎える

自分に相応しいという意味では、「分相応」という言葉があります。その人の地位や能力にふさわしい、という意味ですが、これって少し寂しいような気がします。それは私の「分」=収入があまりに低いせいかもしれません。
そんなときに、幸田文の言葉を思い出しました。幸田文は、明治に活躍した文豪幸田露伴の娘で、その文章は多くの人の心を捉えました。彼女は、「分相応」という言葉を「福分」と言っています。
昭和の名俳優として知られる沢村貞との着物対談では、
「私(沢村)、高いものは着ないんです。なんとか安くあげようと苦心するんです」という沢村の言葉に、
「いいものが分からないわけではないのね。いいものを身に着けようとは思わない。それがあなたの福分なのね」(『幸田文対話』岩波現代文庫)
と返しています。
初めて耳にする言葉でしたが、いい言葉だなと感じました。「福分」とは仏教の言葉で、「仏教、善行、修行の結果が現世で利益の形になったもの」だそうです。または単に「よき運、よき天運」ともあります。私は、それを「値段も種類も着方も自分に合っていることが一番その人を幸せにする」と解釈しました。「修行・善行」と言うにはおこがましいけれど、それを「工夫」「始末=ものを使い切る」と言い換えてしまいましょうか。「工夫、始末の結果が現世で利益の形になった」と。

(第一章 お金 散財という贅沢より節約という知財に)

着るものだけではなく、それは衣食住全般、また人付き合いにも同じことが言えます。自分の「福分」を超えた人とはもう無理に付き合わない。それがその人を幸せにするのだと思います。

豪奢でも清貧でもない自分を本当に幸せにしてくれる、紫苑さん的「お金との付き合い方」には、先行き不透明な世の中、不安にかられることなく、毎日を楽しく過ごすヒントが詰まっています!
是非ご一読ください!

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