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名も知らぬ少女のツイッター投稿が、なぜ多くの人の心に刺さったのか。――スマートフォンの中で大きく手をふる少女はアッシャー症候群を患っていた。

『最初に夜を手ばなした』メイキング#1

――わたしはここにいますよ。

――あなたにはわたしが見えますか?

何気なく見ていたFBのタイムラインの中で、彼女はこちらに向かって手をふっていた。

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彼女は生まれつき耳が聞こえず、だんだん目も見えなくなっていくという。

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最初に”夜”を手放した。

この一行が私の心を撃ち抜いた。

目が見えなくなっていくことは、昼の世界よりも、まず、夜の世界が失うことなのか。

たとえば私の場合、強度の近視の上に老眼も進んでいる。夕暮れ時に土地勘のない街ではじめてのお店を見つけたりするのはとても大変だ。まず、目印の建物や駅の位置がわからず方向を見失う。さらに、看板や番地といった視覚から得られる情報が極端に少なくなり、場所が確定できなくなる。そういうことなのかもしれない。

さらに音も聞こえないということは、どんな世界なのだろう。

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スクロールしていくと、彼女の手ばなしていくものはどんどん増えていった。ボール、みんな、昼、本、テレビ、ゲーム……。それも10代から20代の多感な時期に。それは「わたし」が「わたし」を失っていくことに近い。

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その絶望感を想像することは……たぶんできない。

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でも。スマホの中の少女はこうも言っていた。

「私の体験したこと老化現象の先取りなので、みなさんにもとっても無関心ではいられません」

たしかに。耳が聞こえなくなり、視力も衰えるということは、老化現象と一致する。

コメント欄には、同じ症状を持っている人、家族が同じ病気の人たち以外にも、「老化現象の先取り」が響いた人もいた。私もそのひとりだ。

そして、「後回しにすんな」と叫んでいた。

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投稿者は椿冬華さん。Twitterのプロフィールを見ると、「小説家になろうサイト」で、小説も発表しているという。

形にできないかな。

とりあえず、連絡をとってみよう。Twitterには、ダイレクトメッセージの機能がある。ここからコンタクトをとってみた。

知らない人からメッセージが送られてきたら、ふつうは警戒する。「本にしませんか?」なんていう話は、もっと胡散臭い。フリーの編集者といっても、一般的に編集者そのものが未知の職業だ。自分が逆の立場だったら、絶対に怪しむだろう。実在する人物であることを証明するために、とりあえず私は自分のFBのアドレスも貼り付けておいた。

椿さんからの返信は、2回目のメッセージに送られてきた。そこには2つの条件が書かれていた。

・自費出版など費用の発生するものはお断りします。
・監修にJRPS(日本網膜色素変性症協会)の協力や意見を得てください。

よし。つながった。

椿さんが私を認識した。

(つづく)

『最後に夜を手ばなした』メイキング#2はこちら

文・松山加珠子
「月刊カドカワ」副編集長、「角川つばさ文庫」編集長、「カドカワ・ミニッツブック(電子書籍)」編集長を経てフリーに。

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