失っていく現実の中で、彼女を支えたのは家族、友人、スマートフォン……そして記憶のカケラ
『最初に夜を手ばなした』メイキング#4
ほぼ台割も決まり、イラストの完成度も高めて、あとは素材を用意して、12月末にデザイナーの名久井さんに渡すだけ、という段階の11月末、椿さんからタッチの違う2枚の絵が送られてきた。
え!? どうした? 少女がワイルドになっている! 何があった? この娘に!
椿さんは「小説家になろうサイト」にラノベ(ライトノベル)の小説も投稿しているので、本来の彼女の絵は新しいバージョンに近いのだろう。
「Twitterに投稿したものは、15分くらいで描いたものなので、新しいバージョンの絵でよければ、全部差し替えたいんですけれど」
………。
そもそも、前のバージョンの投稿がTwitterで3 万超えの「いいね!」だった。けれど、後半の描き足し部分と合わせてみると、タッチが違っている。もう一度全部描き直せば、流れが自然になのかもしれない。悩ましいところだ。
マガジンハウスの瀬谷さん、デザイナーの名久井さんに相談をする。
思い切って新しいバージョンに描き直しをすることでGo!
12月1日に描き直した原稿が来る。
いいじゃないか!!! 前のバージョンはスマートフォンの中にしまって、新しいバージョンが動き出す。
ところが。
椿さんから「何かまだ描き足りない気がする」とLINE がくる。
何が足りない? 時間の許す限り考えてみようということになる。
世界を取り戻していく中で、スマートフォンの発明は、ものすごく大きかった。iPhoneには「アクセシビリティ」という標準設定に「視覚サポート」「聴覚サポート」「身体および動作」をカスタマイズする機能がある。また、LINEやメッセージアプリを使うことで、ほとんど不自由なく私は椿さんとやり取りができた。スマートフォンは私にとっても新しい出会いを作ってくれた。でも、もしかしたら、後半のスマートフォンの比重が大きすぎるのかもしれない。
「いろいろなものを失っていく現実の中で、支えになったものは他に何がありますか?」
椿さんに聞いてみた。
「家族や友人の存在、テクノロジー、あとは記憶力ですかね。狭い視野なりに一度見たものをなるべく記憶して、脳内で断片的な世界をつなぎ合わせてひとつの世界にしていく的な。家の中や会社の中を歩く時もその記憶力に頼っています。ピース……かなぁ? ちょっと描きながら考えてみますね」
そうして、上がってきたのがこの絵だ。絵が物語を語っていた。
――記憶のカケラを拾い集めて わたしはわたしの物語を書こう。
JRPS(網膜色素変性症協会)にご紹介いだいた国際医療福祉大学三田病院耳鼻咽喉科教授・岩崎聡先生から「アッシャー症候群」についての解説の監修が戻ってきた。
「いろんな年代の人にメッセージを届けられる方が応援してくださるといいですよね。帯のコメント、誰にお願いしましょうか」
トットちゃん……瀬谷さんと私の思いは一緒だった。
(つづく)
『最初に夜を手ばなした』メイキング#5はこちら。
文・松山加珠子
(「月刊カドカワ」副編集長、「角川つばさ文庫」編集長、「カドカワ・ミニッツブック」(電子書籍)」編集長を経てフリーに)
本書の詳細はこちら。