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「なんという美しい表現でしょう」――トットちゃんこと黒柳徹子さんが、無名の作者に届けてくれた言葉。

『最初に夜を手ばなした」メイキング#5

私たちは、トットちゃんこと黒柳徹子さんにコメントの依頼をした。

通常、この手の依頼は1〜3ヶ月くらいの余裕をもってお願いする。小説だったりすると、読む時間が必要だからだ。デザインが上がってくるのは2020年のお正月が明けてからなので、ラフをプリントアウトして送った。ラフと言っても、私がパワポに貼り付け工作したものだけれど。

一週間、10日、2週間……このあたりで、やっていただけるかどうか連絡をしてみるのが、通常の手順だ。

そろそろコンタクトしてみようかと思いたったある日、見慣れないアドレスからメールが届く。それは「コメントができたので添付します」というメールだった。添付されていたのは、「徹子の部屋」専用の原稿用紙に書かれた黒柳さんからのコメントだった。

私はスマートフォンを落としそうになった。

作者の椿さんは、耳が聞こえなかった。
そこに段々と目が見えなくなってきた。
そのことを椿さんは、「夜を手ばなした」と表現している。
なんという美しい表現でしょう。
椿さんは諦めない。私は椿さんの個性をうらやましく思っています。
                       黒柳徹子

黒柳さんにコメント依頼の手紙を書いたときに、椿さんがいかに素晴らしいか、くどくどと書いたのだが、それがこの113字で、過不足なく、しかも普通のことばで、力強く綴られていた。トツトちゃんの感受性と頭の良さに感服するばかりだった。

黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』には「手でお話」という章がある。トモエ学園の帰り道、自由が丘の改札口の近くで、トットちゃんは手話で話をする人たちを見かける。「『私もみんなと、手でお話する人になる!』と心の中で決めていた」という一文がある。

その後、トットちゃんは「社会福祉法人 トット基金」を設立し、そこで「就労継続支援B型施設」「日本ろう者劇団」を運営して現在に至る。なんて素敵なんだ! トットちゃんは!

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2020年の仕事始めに、全体のページラフが上がってきた。

椿さんは、背景色のことをずーっと気にしていた。後半のイラストのラフに「黒ベタ」と書かれてあったのを思い出す(メイキング# 3)。椿さんにとって、白地は眩しくて、とても読みにくいのだという。紙の本を「手ばなした」理由もそこにある。

背景を黒ベタにできませんか?
文字を白抜きにできませんか?
文字をもっと大きくできませんか?
書体も変えられませんか? 

最初に夜を手放した (16)A

うーん。どうしたらいいのだろう。今のままでは、椿さんにとって読みにくい本になってしまう。けれど、本にして出版するということは、知らない誰かに届ける作業だ。だからといって、著者自身の望まない形にはしたくない。

この本を、私たちは誰に届けたいのだろうか?

最初に夜を手放した (b-11)のコピー

そこで、JRPS(日本網膜変性症協会)の方に聞いてみる。アッシャー症候群は人によって症状が千差万別で、「この色の組み合わせが正解」がないのだという。だから、協会が発行する印刷物も決まった色使いはないということだった。逆に、黒字に白文字が読みにくいという人もいるという。ただ、白地の面積が広いと眩しい人はいるらしい。

1月半ばに、初めて椿さんに会いに行くことになっていた。ちょうど印刷された色校正ができている頃だと思っていたからだ。

ところが、背景色も文字のフォントも決まらぬまま、はじめて椿さんに会いに行くことになる。椿さんにはJRPSの見解を伝え、「デザイナーの名久井さんをはじめ、私たちはたくさん本を作る仕事をしてきたので、ぜったいに素敵な本にします!」とメールをして、いざ椿さんの住む高松へ。

今までもっぱらLINEとメールのやりとりだけだったので、せっかくの機会に意思疎通ができなかったらと思い、まず、ご両親のご自宅へ伺うことに。

なんと、この日、私は財布を忘れてしまい、はじめてのキャッシュレス出張になった。ドキドキだった。幸いスマートフォンにクレジットが入れてあったので事なきを得たが、高松空港からタクシーに乗るつもりが、「クレジット対応はタクシー会社による」というので、椿さんのお父様に迎えにきていただいた。

はじめてお目にかかる椿さんは、背が高く愛らしかった。お父様の車の後部座席に並んで座って、スマートフォンを通して私たちは会話をした。

最初に夜を手放した (a-15)のコピー

「はじめまして。椿冬華です」から始まり、「高松はコンビニよりうどんやさんのほうが多い」とか「本にするって本当だったって、両親がやっと理解してくれました」だとか。

現在、椿さんはひとり暮らしをしていて、そこから会社に歩いて通っているという。できることはできるうちに何でもやらせてみる。それが椿さんのご両親の考えだ。椿さんの「諦めない」心は、ここで育まれてきたのだろう。

帰りも椿さんのお父様に車で空港まで送ってもらう。私たちは握手をして別れた。私はキャッシュレスでうどんを食べ、東京に戻る。背景や文字のことも「プロのみなさんにお任せします」ということになった。

名久井さんは椿さんの意も汲んで、黒ベタではないけれど、イラストに合わせてブラウン系や薄いクリーム色を敷いてくれた。フォントも丸味を帯びたものになり、全体的に優しい感じになった。

最初に夜_1

最初に夜_6

最初に夜_ 5

(つづく)

文・松山加珠子
(「月刊カドカワ」副編集長、「角川つばさ文庫」編集長、「カドカワ・ミニッツブック」(電子書籍)」編集長を経てフリーに)

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