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「『ONE PIECE』の完結を見届けるまで失明してられっか!!」と彼女は言った

『最初に夜を手ばなした』メイキング#6 見本が出来上がったタイミングで、ユニバーサルデザインを研究している慶應義塾大学の中野泰志先生に会いに行ってきました。

知覚心理学の立場から、障害のある子供たちの教科書作りやユニバーサルデザイン、バリアフリーな社会について研究をしている慶應義塾大学の中野泰志先生が、雑誌『母の友』(2014年3月号)の中で、次のように語っていた。

「文字を介していろんな文化に触れるというのは人間としてとても重要なことです。文字を獲得することができれば、自分の目の前にいない人たちとも、時間や時空を超えてコミュニケーションすることができる。ですから、どんな障害の子にもお話を通して文字に関心を持ってもらいたい」

会いに行くしかない。

「読書に困難を感じる主な障害には、➀視覚障害 ②肢体不自由 ③発達障害 ④知的障害 ⑤聴覚障害があります。たとえば、アッシャー症候群のように複数の障害のある方も少なくありません。困難の種類や程度は千差万別なんですね」と中野先生。

「読書が困難な状態」は見えないだけでなく、文字が歪んで見えたり、見えても意味が理解しにくかったり、紙の本であればページがめくれなかったりするなど様々だ。

「読書が困難な視覚障害者等の読書環境を整備するために2019年の6月に『読書バリアフリー法』が出来上がったばかりです。2008年に『教科書バリアフリー法』ができて、教科書である程度の状況が作られてきて、やっと一般書に。様々な人が読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会の実現を目指しています」

写真(↓)は中野先生が開発した教科書・教材閲覧アプリ「UDブラウザ」。白黒反転や配色の変更ができ、大きさもフォントも変えられ、電子辞書にアクセスできて、読み上げ機能もついている。ああ、こんな電子書籍があったらいいなあ。おまけに、「このアプリは基本的にPDFがあれば利用できるので、過度な負担なく制作できるんですよ」とサクサクと見せてくれる。

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中野先生は『最初に夜を手ばなした』を手に取ると、「この本がすごくいいなあと思ったのは、発達障害の人の中には、真っ白な背景が苦手な人もいるので、少しクリーム色になっているところですね。アッシャー症候群の場合も同じようなまぶしさがある人も多いですし。あと、イラストが濃い色でコントラストがはっきりしているのもいいです」と言ってくださった。

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よかった。背景色はいろいろ迷いながら決めていったし。

「文字の書体はなんですか? この文字も見えやすくていいですね。実はUD (ユニバーサルデザイン) 書体の開発・評価にかかわっているんですが、今、様々な書籍やサインなどにUD書体が使われているんです。UD書体では、たとえば、数字の「3」と「8」、「4」と「9」などを見間違えないようにデザインしてあるんです。UD書体は比較的小さな文字サイズでも読みやすいように設計されているので、ルビなどにも適しています」

駅の案内図、街の看板、お菓子の成分表示……など、いろんなところで見えやすい文字が使われてほしいと願う中野先生だ(ちなみにこの本のフォントはモリサワの秀英にじみ丸ゴB)。

椿さんの生活が劇的に変わったのは、スマーフォンの出現から。紙の本が読みづらくなった時に電子書籍が登場し、字の大きさを変えたり、白黒反転も可能になった。景色もスマートフォンのカメラアプリで、手の中に収まるサイズにして色調も眩しすぎないように変えることもできる。なにより、手話ができない人ともLINEやメッセージ機能で筆談よりより正確な文字で会話することができる。この本ももちろん、電子書籍版が出ている。

とはいえ、彼女の視力は失われていっている。だから、今まで見たものを全力で記憶し、物語に変えようとしているのだ。それはかなりの読書体験のたまものなのかもしれない。

――わたしは幼いころに文字を覚えて以来、思考のすべてを文字で行っています。「文字」はわたしにとって「音」であり、「声」であり、「意識」であり、「世界」です。               (あとがきより)

「素晴らしいですね。言葉の選び方がすばらしい。これってすごいことだと思いますよ。一般的に先天性の聴覚障害の方の中には、文字で表現される日本語(書記言語)を獲得するのが難しい場合があると言われています。というのは、手話(日本手話)と文字で書いている言語(書記言語)って一対一対応ではないからなんです。椿さんの言葉を使いこなし方を見て、豊富な読書経験があるんだろうなぁと思いました」

椿さんの表現は一日にして成らず、なんだ。

「椿さんの読書やコミュニケーションを支えているスマートフォンなんですが、『アクセシビリティ』という障害のある人を含め、様々なユーザを想定して設計されている点が重要なんです。例えば、アップルのiPhoneやiPadには、『設定』の中に『アクセシビリティ』というメニューがあって、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由など、様々な障害のある人も最初から使えるようにしてある点が素晴らしい。最初から障害のある人たちのことも想定して、みんながノーマルに生活ができる社会になってていってほしいですね」と中野先生。

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帰りの電車に乗っていると、「椿さんのファンになりました」と中野先生のメールが届く。私はこの一文にやられたと思っている。

『ONE PIECE』の完結を見届けるまで失明なんかしてられっか!!

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椿さんにとって、『最初に夜を手ばなした』は、最初の本になる。黒柳徹子さんにとって『窓ぎわのトットちゃん』がそうであったように、人生そのものを綴った唯一無二のはじめての本がこの『最初に夜を手ばなした』だ。

どうか、たくさんの人に届きますように。

編集担当 : 松山加珠子
(「月刊カドカワ」副編集長、「角川つばさ文庫」編集長、「カドカワ・ミニッツブック(電子書籍)」編集長を経てフリーに) 

『最初に夜を手ばなした』メイキング#1はこちら

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