戦争にノーと言うために必読ノンフィクション7作。ジャーナリスト清水潔はこう読んだーー国家・権力・取材・生きること
最新刊『鉄路の果てに』の刊行を記念して、ジャーナリスト清水潔が「この夏、必読のノンフィクション」を7作選びました(「珠玉のノンフィクション」フェアを開催してくださった書店の皆さま、お世話になりました)。戦争、国家、権力、取材、生きることーーこれらにまつわる7作品を、清水潔はどう読んだか。それぞれの作品に対する熱い思い(加筆版)を初公開します。戦後75年、節目の夏にオススメです。
『日本のいちばん長い日』半藤一利 文春文庫
『高熱隧道』吉村昭 新潮文庫
『日本はなぜ、『基地』と『原発』を止められないのか』矢部宏治 講談社+α文庫
『ルポ沖縄 国家の暴力』阿部 岳 朝日文庫
『ライカでグッドバイ』青木冨貴子 ちくま文庫
『凍』沢木耕太郎 新潮文庫
『真実 新聞が警察に跪いた日』高田昌幸 角川文庫
『日本のいちばん長い日』半藤一利 文春文庫
何度も映画化、ドラマ化されており、語る必要もないほどの名著だ。1945年(昭和20)8月15日、敗戦に至る天皇や日本首脳部の裏側を描いている。戦争を遂行せよと主張する軍部の泥沼化。クーデーターとも言える一部軍人の動きや、逆に戦犯になることを恐れる動き。玉音放送の準備や妨害など、終戦直前の慌ただしさが1時間ごとに振り分けられた各章によって、実にリアルに浮かび上がってくる。半藤氏は、うらやましくも当時生存していた関係者から直接話を聞き取ってまとめている。こんな取材がしたかったと切実に思う。
「戦争は始めることより、終わる方が難しい」そんな言葉の真意を、事実をもって示す。
『高熱隧道』吉村昭 新潮文庫
戦争とは、戦場はもちろん銃後もまた実にすさまじいということを思い知らされた。1930年代、戦争を背負った日本は「電気」が求められた。武器、弾薬、原材料を製造するための工場には電力が必須だったのだ。そんな中で国策として行われた黒部川の第三発電所建設工事。水路用トンネルを山腹に掘り進めるもののやがて高熱地帯に突入。100度以上もの高温となる岩盤の中で発破用のダイナマイトが自然発火し犠牲者を出す。それでも工事は止まらない。戦争を支えるために何が何でもダムは完工せねばならなかった。厳冬期には麓と行き来すらできない大自然黒部渓谷の中、飯場を作り作業員は越冬しながら工事をすすめるが、今度は大雪崩により二度にもわたって宿舎が全壊。数多くの犠牲者を出す。このあたりの事故の描写はすさまじい。結局、黒部川の第三発電所は233名もの犠牲者を出した果てに、1940年(昭和15)11月に完工。その後、日本は太平洋戦争への道を進んでいくことになる。戦争の中で消え去ろうとしていた悲劇を調べあげ、それを読み物としてまとめた吉村氏の筆力にただ唸るばかり。
同じ著者の『闇を裂く道』も東海道線の丹那トンネルの難工事をまとめたもので、こちらは異常出水に苦しむ工事状況が興味深い。同時にトンネル上部の丹那村の豊富な湧き水が枯れていくのである。村は水を失って苦しむ。リニア新幹線のトンネル工事で大井川水脈への影響が懸念される昨今だが、このような歴史を知るかどうかで判断は大きくわかれていくことになるのだろう。
『日本はなぜ、『基地』と『原発』を止められないのか』矢部宏治 講談社+α文庫
なぜ米軍機は日本の空を自由に飛べるのか? 311でメルトダウン事故を起こしてもどうして原発は無くならない? 日本人が知らない日本の裏側を知りたければ本書だ。誰もが「なんかおかしい」と思いながらも納得できないこれらの問題を、本書は戦争直後まで遡って解明していく。難しい問題にもかかわらずわかりやすく丁寧に綴られているところがすばらしい。
『ルポ沖縄 国家の暴力』阿部 岳 朝日文庫
県民の民意とは無関係に、日本政府と米軍の間で翻弄され続ける沖縄。強引な基地建設、オスプレイ墜落事故、そして差別。日々まき起こるトラブルを最前線で取材する地元紙記者たちの熱い記録に心が騒ぐ。著者の阿部氏は東京生まれで沖縄紙の記者となった。そのためか冷静でバランスの良い視点を感じる。しかし現場はすさまじい。オスプレイ墜落現場を探し続け、ようやく現場にたどり着いたカメラマンが、米兵に気づかれないようにシャッターを押す場面の緊張感。私自身かつてカメラマンだった頃スクープ現場に立ち会い、嘔吐するほど緊張しながらシャッターを押した時の感情を思い出した。沖縄の今を知ろう。
『ライカでグッドバイ』青木冨貴子 ちくま文庫
私がカメラマンを目指し修行していた時代に出会った一冊。青森出身のカメラマン・沢田教一氏の人生が描かれている。「展覧会に出すための写真を撮りたい」そんな夢を実現するため1965年に自力でベトナム戦争の取材へと向かう。彼が撮影した写真はUPI通信社に認められ正式にサイゴン特派員となった。そして「安全への逃避」という1枚の写真を撮影することになる。戦火に追われて川を泳いで逃げる一家を捉えたこの写真は、1966年にピューリッツァー賞を受賞する。しかし沢田カメラマンは更に良い写真を求めて戦場を離れなかった。1970年、カンボジア戦線を取材中に銃で撃たれて殉職するまでカメラを握り続けていた。その愛機がドイツ製のライカ。起こっている事実を最前線で捉え続けたこのカメラマンの人生と、そんな人の生き様を取材するため世界各地を廻り、丹念に故人の姿を浮き彫りにしていく青木氏の取材もまた勉強になった。知らないことばかりが書かれていたこの本は私にとって強い影響を残した。
『凍』沢木耕太郎 新潮文庫
個人的に山が好きなため結構な数の山岳関係書を読んできた。この分野はノンフィクションが大半で、かつ遭難に関わるものも多いのだが、その中で心に刺さった一冊。ヒマラヤのギャチュンカンという難攻不落の山にクライマー山野井秦史氏が夫婦で登った記録なのだが、その帰途、雪崩や転落が続きもはや遭難という状況の中で「生きるために下山」する壮絶な記録。人間の生存への執念というものを考えさせられる。その現場には夫婦二人しかいないのだが、書き手の沢木耕太郎さんはいったいどれほど取材したのだろうか、まるで当事者の脳の中にでもいたかのように、克明に状況や想いを描写していく。なんともすごい筆力である。
『真実 新聞が警察に跪いた日』高田昌幸 角川文庫
北海道警察に長く続いていた悪習「裏金問題」。これを調査報道によりスクープして新聞協会賞などに輝いた北海道新聞。ところがその後、警察からの意趣返しに記者たちが翻弄されていく。警察は北海道新聞の記者だけに情報を出さなくなり、あるいは記事に対して警察官個人からの訴訟が始まった。長く続いた連載記事の一部を徹底的に攻撃してくる。同業者の私も他人事とは思えない怖さがそこにある。記者クラブの様々な問題が指摘される中、「権力と報道」とは本来どんな関係にあるべきなのかを改めて考えさせられる。
『鉄路の果てに』(清水 潔・著)の
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